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  • 執筆者の写真岩波新書編集部

編集長を訪ねて第2回 インターナショナル新書部長 田中伊織さん

更新日:2020年4月14日

聞き手:岩波新書編集長 永沼浩一


「編集長を訪ねて」の第2回です。今回は集英社インターナショナルの「インターナショナル新書」編集部にお邪魔して、田中伊織部長のお話をうかがってきました。インターナショナル新書は、創刊からちょうど1周年を迎えた若い新書です。同じ赤い表紙カバー同士ですが、私たち岩波新書とはなんと79歳(!)違い。「創刊80年」と「創刊1年」の不思議な取り合わせでお話をしてきました。


                 * * *


─はじめまして。今日はどうぞよろしくお願いします。インターナショナル新書は装丁カバーが岩波新書と同じ赤色ですよね。前から勝手に親しみを感じております(笑)。まずは田中さんの自己紹介からお願いできますか。


【田中さん】集英社インターナショナルという会社は、もともと月刊誌「PLAYBOY 日本版」などを編集する集英社の関連会社です。私はその「月プレ」で6年半、休刊まで編集長をやっていました。そのあとは「分冊百科」の週刊『鉄道 絶景の旅』を1年ぐらいやりました。その後、2010年に「kotoba(コトバ)」の創刊から携わり、いまはインターナショナル新書も担当しています。


──「kotoba」という雑誌はたしか季刊でしたよね?


【田中さん】ええ、3月、6月、9月、12月に発行しています。この雑誌は集英社の各部署と連携して作っています。集英社には、文芸なら「すばる」や「小説すばる」があるのですが、アカデミズムやジャーナリズムなどをテーマにした特集を組んだり、連載を掲載する媒体がなかったのですね、それで8年前の創刊時から関わらせてもらっています。


──「kotoba」の巻末に「kotobaから生まれた本」という出版案内がありますね。新書も載っていますけど、連載をまとめて新書にすることもあるのですか?


【田中さん】もちろん、あります。新書だけでなく、単行本もあります。初めての著者の方のときには、まず「kotoba」で1回インタビューしたり、原稿を1本書いていただいたりしています。そこで著者と接点を持って、一緒にテーマを探っていくのが一番理想的ですね。


──それは面白いですね。私たちの岩波新書は書き下ろしが原則ですから。他社さんの新書もふくめて、連載から新書にする仕組みを持っているところはない気がします。たしかに、言われてみると「kotoba」は連載がすごく多いですよね。


【田中さん】そうですね。半分ぐらいは連載ですね。編集部員は皆、新書の編集をしながら「kotoba」の編集もしています。


──ん? ということは、インターナショナル新書の編集部は、イコール「kotoba」の編集部ということですか?


【田中さん】ほぼイコールですね(笑)。部署の名前は、ちょっと長いですけど「新書・kotoba編集部」なんです。


──(笑)。「新書・kotoba編集部」は、いま何人いらっしゃるのですか?


【田中さん】9人ですが、昨日の企画会議で配った資料は12人分でしたね。


──増えてる?(笑)


【田中さん】増えてますね(笑)。隣の単行本の編集部にも「kotoba」の連載をもっている担当者がいるので、所属は別ですけど、新書の会議に参加することがあるのです。昨日の企画会議では「12人だ」と確認できました(笑)


──単行本の編集をしつつ、新書の編集もする人がいらっしゃる?


【田中さん】創刊時の第1冊として池澤夏樹さんに『知の仕事術』を書いていただきましたが、作家の方は単行本の担当編集者に任せたほうがスムーズですから。うちの会社では、全体の企画会議というものもあって、「これは単行本として決めた企画だけど、新書で出したほうがいいんじゃないか」と議論するときもありますね。


──「全体」というのは、単行本の編集の人たちと合同で?


【田中さん】ええ。新書も単行本もそれぞれ毎週企画会議があるのですが、そのうえ月に1回、全員そろって一番大きな会議室で、それぞれの編集部で通した企画にたいして意見を出し合っています。小さな会社ですけど、そういう会議をやらないと誰が何の本を作っているのか確認できないのです(笑)


「kotoba」は紙の本を大切にする、本読みにはうれしい雑誌だ



──はは(笑)。それはそうと、申し上げるのが大変遅くなりましたが、インターナショナル新書は創刊1周年ですね、おめでとうございます。2月の最新刊をふくめると、これで合計何冊になりますか?


【田中さん】22冊ですね。2月に5冊出しまして、いま創刊1周年のキャンペーンを展開しているところです。偶数月の7日に2冊ずつ発売しています。


──創刊のいきさつを教えていただけますか?


【田中さん】じつは新書を始める前、「知のトレッキング叢書」という入門書のシリーズを出していました。新書と同じように、政治あり、科学あり、ジャーナリズムありの多ジャンルで。ただ、判型が四六判だったので、書店での置き場所が一定しなかったのです。書店で長く置かれる棚を確保したい、長く読み継がれる本を作りたい、という思いが、まずありました。そのときには「kotoba」もすでに創刊していましたから、「月プレ」や「kotoba」で培った人脈も活かして新しいものを作るなら、やはり新書が一番よいと判断して、新書を創刊することにしました。


──よく聞かれるかもしれないですけど、集英社新書とインターナショナル新書とはどう違うのですか? 大変失礼なのですが、私は最初、「インターナショナル」というので国際問題とか翻訳ものを中心に出していく新書なのかなと思っていました。


【田中さん】「インターナショナル」と言っても、海外の翻訳本が専門の出版社ではないのです(笑)。でも、創刊に当たっては「インターナショナルとはどういうことか」と、みんなで議論しました。「インターナショナル」は「グローバリズム」とは違うだろう。それぞれの国なり共同体が、それぞれの個性や多様性を生かしながら共に生きていく。それこそ「インターナショナル」ではないか。そういう意味合いをこめて「インターナショナル新書」と呼ぼうと話し合いました。なにか1つのスタンダードを強いるのではなく、新しいものの見方、常識とは別のものの見方を提案できる新書、というのを方針にしています。


──おぉ、なにか「初心」を感じさせますね。大事なことです。


【田中さん】インターナショナル新書としてはどういうテーマを選んでいくのか、そういうことは今でも議論していますし、企画会議のなかでも新書の勉強会をやっています。各社の新書を選んで、どういう内容なのか、どうして売れているのかを分析して、議論しながら自分たちの新書に活かそうとしていますね。1年前まで、新書に関してはみんな素人だったわけですから。


──『アベノミクスによろしく』もそうですけど、芯が1本通っているなと感じさせる新書がありますよね。「新書」という本を出していくうえでの判断基準がしっかり定まっているように見えます。


【田中さん】『アベノミクスによろしく』は、じつは投稿原稿だったのです。私たちの新書はネットでもオープンに原稿を募集していますので。もちろん、内容を精査したうえで可否を判断しています。著者はある意味新人ですが、データにもとづいた内容が素晴らしかったので「出したい」と判断して作りました。私たちは一番新しい新書で後発なわけですね、だから他社の新書とは一線を画したもの、自分たちの個性を前面に押し出したものを出さなくては生き残れません。ただ、生き残ることだけが目的ではなくて、やはり社会にたいして新しい価値を提案したいですし、間違っても世の中にマイナスのことはしたくない、プラスの提案をしたいというのは、ポリシーとしてありますね。


──私たちも『偽りの経済政策』という新書を出していますから、とても共感します。佐藤秀峰さんの『ブラックジャックによろしく』とのコラボも秀逸でしたよね(笑)。あれはどこから出てきたアイデアなのですか?


【田中さん】著者の明石順平さんのアイデアです。明石さんが、この新書の元となったブログに、ご自分がリスペクトする『ブラックジャックによろしく』のカットを使っていたので、それを踏襲させていただきました。


絵とセリフが絶妙に合っているのが不思議で面白い



──しっかりした実証分析になっているからこそ、あの仕掛けが生きてますよね。密度の濃い新書だなと思いました。


【田中さん】あの、ちょっといいですか、逆に私から永沼さんにお聞きしたいことがあるのですけど。いわゆる「新書ブーム」が以前に起こって、それまでの新書の概念を壊して「こんな新書もあるんじゃないか」というような試みがなされましたよね。それが今いったん落ち着いて、それぞれのレーベルが「さて、自分たちのカラーは何であったか?」という地点に来ている気がするのですね。たとえば、岩波さんの企画会議のなかで、ある企画が出てきたとしますよね、そのとき、「これはなんとなく頷けるな、岩波新書として出せるな」とか、「これはちょっと違うんじゃないか」とか、編集部のみなさんで共有されている感覚のようなものはありますか?


──それはありますね。暗黙知と言ってもいいかもしれないですが。みんな言葉では言い表さないけど、やはりピンと来るものがあります。それは不思議と、みんな大体等しく共有しているようですね。あと、物事を批判的に見ているかどうかというところが、岩波新書の場合、とくに大事で。田中さんもおっしゃっていましたけど、別の視点に立って物事をとらえるものの見方、そういう見方で、いま世の中で起こっていることを見られるかどうかですね。それはやはり創業者の岩波茂雄が、あといま『君たちはどう生きるか』が話題ですけど、戦後の岩波新書の再出発に尽力した吉野源三郎さんが、時勢への対抗心というか、批判的な言論や眼差しをぶつける本として世に問うていこうと、そういう抱負があったものですから。その批判精神はずっと脈々と、代々の編集部に受け継がれている気がします。


【田中さん】その暗黙知のようなものは、私たちもこの半年ぐらいで、ちょっとずつ、みんなで頷けるものと頷けないものとして感じられるようになってきましたね。各編集者が他社さんの新書を2~3冊取り上げてレポートするのですが、どれが売れていて、どうして売れているのか、その理由は何かと考えたときに、じゃあ売れればいいのかという話にもなって。「でも、われわれが作る本ではない」という共通認識が徐々にできていますね。われわれの中にある共通の「インターナショナル新書」というものが、今できつつある気がしています。


──いいですねぇ、まさしくいま、みんなで「新書」を生み出しているような。私たちの岩波新書は創刊して80年で、つい伝統を意識して「受け継ぐ」思考になりがちですし、お話をうかがっていて、なんだか新鮮です。


【田中さん】気をつけているのは、新書は「新しい書」と書くから、いままでの焼き直しの本はやめようということです。論の中に、いままでになかった新しい切り口なり、ものの見方なり、提案なりが含まれているものを新書にしていこうと。新書の「新」になっているかということも、企画を判断するときの基準にしていますね。


──同感です。私も「新書って何だろう?」と日頃考えさせられることが多いので。


【田中さん】私は雑誌の編集が長かったので、雑誌との関係をよく考えますね。雑誌には、ある特定のテーマに関して鳥瞰図的な知識を得る機能があると思うのですが、新書にはまた別の役割がある気がします。たとえば、新書には入門書としての役割もあると思いますが、ひとつのテーマなり事柄を徹底的に深彫りする「虫の眼」も求められます。また、「新しさ」という意味では、雑誌にあるニュースの「新しさ」とは別の論を立てる視点の「新しさ」が求められているように思います。


──なるほど。私は「新しさ」と同時に、新書という本には「今」があるかどうかが大事だと思っています。それは何も時事的な話題を直接テーマにした新書だけではなくて、岩波新書は「教養新書」と呼ばれたりもしますけど、一見、世の中の日々の動きと何も関係なさそうに見える教養新書にも「今」はありうると思うのですよね。気がつきにくいかもしれないけど、その「今」に気づいてくれる読者は必ずいると信じて作っています。新書づくりは奥が深いというか、私は新書の編集部に移って9年ですけど、「果てがないなぁ」というのが実感ですね。


【田中さん】だから面白いのでしょうけどね。「あ、これがこんなにウケるんだ」というのも新書にはありますし。こちらの狙いが当たったときも嬉しいですよね。


──たとえば、どんなときですか?


【田中さん】『英語の品格』という新書が、まさにそれでした。著者はお二人とも英語教育やジャーナリズムの世界ではたいへん活躍されている方々なのですが、必ずしも一般に知られた方ではなかったので、小林克也さんに帯の推薦文を依頼してみようとなったんです。小林さんといえば、私の世代にとってはラジオの「百万人の英語」の講師で、英語の達人ですよね。ダメ元でお願いしたら、なんと引き受けてくださって、「こんな本なかった。何十年もかけて手に入れたと思った英語の心。この本に全部集約されていました」という言葉を頂けました。これはすごいと思って、お名前を大きく出させてもらって。もちろん、本の内容も素晴らしいのですけど、あの推薦の言葉が多くの読者を得る呼び水になったと思いますね。


まるで小林さんの声が聞こえてくるようなキャッチコピー!



──たしか『英語の品格』は、大きな書店さんでは、英語の本のコーナーとかにも置かれていましたよね。あっちにもこっちにも置いてあるなと思いました。


【田中さん】そうですね、書店員さんに「新書の棚以外にも置きましょう。そうすればもっと売れますよ」と言ってもらえましたので。そうして書店員さんの声や意見もフィードバックして取り入れるようにしています。去年、中公新書さんの『応仁の乱』がベストセラーになりましたよね。他にも今、日本史の面白い本がたくさんあって一緒にアピールしていきたいと書店員さんからうかがったので、「中世・近世史を読む」という特集を組んだ「kotoba」の冬号と並べて、歴史本フェアを開催してもらっています。


──書店さんといえば、神保町の東京堂書店さんで去年、「kotoba」で紹介された本を集めて特設コーナーを出されていましたよね。あれはなかなか壮観でした。


【田中さん】「今はこの本がお薦めですよ」と伝えるのとともに、「kotoba」は紙の書籍文化をあらためて見直して、その広大な知的世界を紹介していく雑誌にしていきたいと思っています。あるいは、他の雑誌ではやり切れない、ディープな切り口の特集にもチャレンジしています。


──「ディープな切り口」ですか(笑)


はい。たとえば、3月6日発売の春号では「ブレードランナー2019-2049」という大特集を組んでいます。それに先がけて、2月のインターナショナル新書では、映画評論家の町山智浩さんに『「最前線の映画」を読む』を書いていただきました。「知的世界」という意味では、「kotoba」とインターナショナル新書は両輪で回っていくもので、この2つが必ずリンクしていくようにも意識していますね。


──なるほど、そこがインターナショナル新書の強みかもしれないですね。「kotoba」を生かすことで、新書もまた生きてくる。両輪で独自性や特長が生まれていく気がします。これからのラインナップが楽しみだな。今日はありがとうございました。同じ赤いカバー同士のよしみで、これからも仲良くしましょう。


【田中さん】ありがとうございました。こちらこそ、よろしくお願いします。



(2017年12月1日、集英社インターナショナルにて)


                 * * *


◆インタビュー後記◆

「1年前まで、新書に関してはみんな素人だったわけですから」と田中さんは言われていましたが、いえいえどうして。最近、分厚い新書が増えているなか、インターナショナル新書は200ページほどのコンパクトサイズにきっちり収め、新書の本分をしっかりとらえているなと思います。私よりも年上でベテラン編集者である田中さんに「新書の初心」を見せてもらった気がします。


[きょうの手土産]

この日に持参したお土産は、東京・神田神保町にある和菓子店「亀澤堂」さんの大福です。私の「お土産に使う率」トップは亀澤堂さんです。大福か、どらやきか、いつも迷うのですが、この日は大福をえらびました。亀澤堂さんはどらやきもご自慢で、数限定で皮だけでも売られています。じつはその皮が美味しいんです。おすすめです。




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