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  • 執筆者の写真岩波新書編集部

森川智之『声優 声の職人』の舞台裏


森川智之『声優 声の職人』が発売となりました。なぜ人気声優が岩波新書を? と思われた方もいるかもしれません。そこで、今回は企画誕生の舞台裏をご紹介します。


  * * *


 このたびは、ぜひ森川様に岩波新書のご執筆をお願いしたく、突然ではありますがご連絡させていただきました。
 テーマは、「声優という仕事」です。
 弊社におきましては、「岩波新書」という一般向け書籍を刊行しております。1938年に刊行が開始し……

これが、森川さんに最初に送った手紙の冒頭部分だ。


「声優の本をつくろう」


そう最初に思ったのは2014年の春、もう4年近くも前のことになる。きっかけは、その日の編集会で提案された一つの企画だった。


岩波新書編集部では、毎週一回、編集会を開催している。その編集会で、各編集者は「こんな本をつくりたい」「この人に本を書いてもらいたい」というアイデアを出し合う。すべての岩波新書がこの編集会から生まれてくると言ってもいいかもしれない。


そのとき提案された企画は、『スポーツアナウンサー』というもの。著者の山本浩さんは、1986年ワールドカップにおける名実況「マラドーナの5人抜き」などで有名なNHKのアナウンサーだ。


その年の4月に新書編集部へと異動になったばかりの私にとって、この企画提案は目から鱗が落ちる思いだった。アナウンサー、そしてスポーツ実況。そのどちらもテレビなどのメディアを通して日常的に接していたものだ。にもかかわらず、どんな仕事なのか実は何も知らないじゃないか。その真髄がこの一冊で分かるとは……。


山本浩『スポーツアナウンサー 実況の真髄』は2015年10月に刊行された


編集会のあと、単純な頭にすぐ連想が働いた。声の仕事、日常的に接している職業……声優! 幼い頃からアニメやゲームを愛する自分にとって、最も身近に接している「声の仕事」といえば、やっぱり声優だった。


「声優の本をつくろう」


しかし、そこから順調にことが進んだわけではなかった。そうは言っても世間では「お堅い」と評判の岩波新書。エンターテイメント色の強い「声優」というテーマで、だれに、どんなふうにアプローチすればいいのか。素晴らしい声優さんはたくさんいる。でも、岩波新書らしい声優の本とはどんなものだろうか。悩んでいるうちに、あっという間に数年が経過してしまった。


今から思えば、ちょっとビビっていたのかもしれない。そうこうしているうちに大塚明夫さんの『声優魂』をはじめ素晴らしい本も続々と出版されていた。岩波新書でこのテーマは諦めるか……。そんなとき目にしたテレビ番組「声優総選挙」(2017年1月放送)で、森川さんは視聴者に強烈なインパクトを与えた。


記憶をたどってみると、自分を形作った作品群が次々と思い浮かんでくる。つい先月までは吉良吉影で、宗方京助だった。あのトム・クルーズの声は一度聞いたら忘れない。ふだんは字幕派なのに『SHERLOCK』のワトソンの声は吹替えでないと嫌だった。『戦国BASARA』シリーズや『アンジェリーク』シリーズだって夢中でプレイした。


自宅を見渡してみると、棚に並ぶドラマCDが目に入る。パートナーが買い揃えたものだ。やはり彼女もお世話になっていた。その影響で聞きはじめたオーディオドラマの世界は、私にとってアニメとも吹替えとも違う魅力をもつものだった。


声優雑誌をめくってみれば、すぐに名前が出てくる。大手事務所から独立して自ら事務所を立ち上げ社長を務めていることでも知られている。


この人は業界のトップランナー、第一人者だ。アニメやゲーム、吹替えからオーディオドラマ、男性向け、女性向け、ファンイベント……「声優」のあらゆることを知り尽くしている存在に違いない。


そのとき、自分の中でパズルのピースがはまるのを感じた。ただ王道を行けばよいのだと気がついた。王道とは、「皆が関心をもっているテーマについて、第一人者がその真髄を語った一冊」。先の『スポーツアナウンサー 実況の真髄』がそうだった。ピーター・バラカン『ラジオのこちら側で』も大友良英『学校で教えてくれない音楽』もそうだ。


森川さんが岩波新書を書く。これも王道だ(帝王だけど)。


すぐに執筆依頼の手紙を書いた。それが本作りの始まりだった。



執筆:中山永基

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