top of page
  • 執筆者の写真岩波新書編集部

誰でも接種できる誤情報へのワクチン/高史明




地震、津波、豪雨、大雪……。テクノロジーが進歩した今日でも、大自然の猛威はしばしば我々の生活を、生命を、脅かす。そして不安や恐怖に駆られた人々は、インターネット上を飛び交う誤った情報に易々と振り回されてしまう。荻上チキ『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)は、災害後の情報環境がいかに混乱に満ちたものであるかを広く知らしめることになった3・11の大震災直後の流言・デマを収集し、教訓を引き出そうとしたものである。「製油所の火災により有害物質の雨が降る」「被災地で外国人による犯罪が多発している」「放射性物質にはヨウ素入りのうがい薬が効く」など、あのトラウマのような日々に多くの人が目にしたであろう流言・デマを振り返るとき、被災者のために、社会のために皆に情報を伝えなければという我々の熱狂的な善意が容易に社会的な害悪へと転じうることを思い知らされる。誤情報に惑わされた人々が、存在しない要救助者のために救急や消防に通報し、役所や政治家事務所、NGOなどに抗議の電話をかけ、必要以上に被災者の不安や恐怖を煽る警告を発し、健康や安全を損なうような対策法を指南することは、利益がないどころか、被害を拡大したり復興を妨げたりすることにも繋がりかねないのである。


東日本大震災の後の災害でも、流言・デマの流布は繰り返された。そのたびに、関東大震災後の朝鮮人虐殺のような惨劇がいつかもたらされるのではないかという恐怖を覚えた一方で、経験を重ねるにしたがってマスコミやソーシャル・メディアのユーザーたちが流言・デマへの警告を素早く発するようになってきたことには、一縷の希望を見いだしてもきた。その意味で、我々が東日本大震災の経験に学んだこと、そしてこれから学ぶべきことは多い。


荻上は、本書においてこの未曾有の災害後の流言・デマを収集し一望できるようにしたのは、不注意に(あるいは故意に)加害者となってしまった人々を非難するためではなく、人々が歴史に学び流言・デマに対する免疫を身につけるための「ワクチン」とするためだという。人から人へと感染する病のワクチンは、それを接種した本人だけを守るのではない。感染しうる人口の一定以上の比率がワクチンを接種し免疫を獲得することにより、感染経路が遮断され、社会全体におけるリスクが低下するのである。誰でも手軽に入手し読むことができる新書という媒体で発表された本書は、できる限り多くの人に読まれるべきものである。



高史明(たか・ふみあき)

1980年生まれ。社会心理学者。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(心理学)。東京大学大学院情報学環特任講師、神奈川大学非常勤講師。研究テーマは偏見・ステレオタイプ。著書に『レイシズムを解剖する――在日コリアンへの偏見とインターネット』(勁草書房)など。


※この記事は、10月1日発行の「図書」臨時増刊号 "はじめての新書" に掲載されるエッセイを転載したものです。

最新記事

すべて表示
bottom of page