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  • 執筆者の写真岩波新書編集部

ストンと腑に落ちた初めての新書/小川絵梨子




初めてお腹を抱えて笑った新書が、みうらじゅん『新「親孝行」術』 (宝島社新書)です。また、面白すぎて初めて何度も繰り返して読んだ新書でもあります。今でこそ新書のラインナップは非常に幅広く豊かですが、私が学生だった頃の八〇年代、九〇年代の新書は、イメージとして「かたいもの」が多かったように思います(確か、初めて読んだ新書は高校のレポートの為に手に取った、ハプスブルク家についての本だったと思います)。そんな私の新書へのイメージを覆してくれたのが、この本でした。


この本を読んだのは、初めて親元を離れ一人暮らしを始めた頃です。親との距離感が、物理的だけでなく心理的にも離れ始めており、その感覚に戸惑っていました。私はもともと親への依存や愛着が強かったので、離れることへの抵抗や勝手な罪悪感などがとても大きかったのだと思います。そんな時、ふと本屋でこの本を見かけ、タイトルと作者に惹かれて購入。そして本当にお腹を抱えて笑いながら読みつつ、もやもやとしていたものがスッキリと晴れていくような気持ちになりました。言ってみれば「親も一人の人間なんだ」と頭では分かっていても、心ではやっぱり分かっていなかったことが、ストンと腑に落ちた感じです。親子という人間関係の中で、どう相手に対するか、どう気配りをしていくかが、作者の体験談を元に語られていきます。作者らしい笑いと、諦観と、人間味のあるあたたかさに溢れており、親との新しい付き合い方に楽しみを覚えるようになりました。


本が教えてくれた通りにできたかは分かりませんが、この一冊が親との関係を次の段階に、そしてより良き方向に向かわせてくれたのは間違いありません。この本を読んでから随分たった今、父は他界し、母とは徒歩の距離に暮らしています。親孝行したい時に親は無し。その真実に気がつかせてくれた本でした。


内容は作者らしくシラっと茶化しながら読者を笑わせてくれます。ハウツー本としても為になりますが、ハウツー本を読んだ時になぜかよく感じてしまう、効率的なゆえにどこか息苦しく、「そうなんだろうけれど、なんだかな」という抵抗感は全くなく、笑いながら「なるほど!」と思わず膝を打ちたくなります。そして何より、ホワッとあたたかい気持ちにしてくれる本です。


私にとって、知的な刺激を貰えただけでなく、心を動かしてくれた初めての新書でした。心からお薦めしたい一冊です。



小川絵梨子(おがわ・えりこ)

1978年生まれ。演出家。翻訳家。聖心女子大学文学部卒業後、米アクターズスタジオ大学院演出学科卒業。2018年9月より新国立劇場の演劇部門芸術監督をつとめる。著書に『シェイクスピア 愛の言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。


※この記事は、10月1日発行の「図書」臨時増刊号 "はじめての新書" に掲載されるエッセイを転載したものです。


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