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知る人ぞ知る名著『伝わる英語表現法』

田中健一


※「これで英語がペラペラに!」「これを読めばTOEIC●●●点間違いなし!」――こんな広告や売り文句がいたるところで目に飛び込んできます。でも、結局は「どうしたらいいか分かんない!」となりがちです。そしてそんなときこそ、定評のある学習法に立ち返るのが最適です。2001年に刊行され英作文学習の名著として評価されてきたものの長く品切れとなっていた長部三郎『伝わる英語表現法』が、今月遂に復刊します。その魅力を、英語講師の田中健一さんに紹介していただきました。

[追記]本書の復刊は、発表された時からTwitterで話題となり、なんと復刊となった当日(8月20日)に、早くも更なる重版が決まりました。



■英作文学習に最適な教材


10年ほど前の夏のことでした。


「先生、この本どうですか。父の書斎で見つけたのですが」


京都大学志望の男子生徒(その後、見事に合格しました)が、私の出講する予備校の講師室に相談に来てくれました。


私は授業で常々こう言っています。


「不適切な教材で勉強すると、時間と労力の無駄になる可能性が高いです。予備校のテキスト以外で何かに取り組もうと思ったら、その前に講師に相談してください。」


(冒頭から話が横道に逸れて恐縮ですが、インターネット上には匿名の学習アドバイスが溢れています。どこの誰なのか不明な人の意見を信用するのはいかがなものかと思います。助言を求める相手として最適なのは身近な先生です。)


彼が持ってきてくれたのが長部三郎『伝わる英語表現法』でした。


当時の私はこの本の存在を知りませんでした。今思うと、不勉強で恥ずかしいですね。


カバーの「そで」を読んで(ああ、この本は素晴らしいな。英作文学習に最適な一冊だ)と瞬時に確信しました。


そこにはこうありました。


「国際情勢」はinternational situationと、すぐ思い浮かぶだろうが、実際はwhat’s going on in the worldといった方が、より具体的で意味がわかりやすい。日本人が陥りがちな、一語ずつ「訳そう」とする発想から「いかに意味を伝えるか」に意識を切り換えれば、簡単な言葉で生きた英語表現ができるようになる。そのための方法を具体的に伝授する。


大学受験用英作文指導は「例文暗唱」と「和文和訳」の二本柱になっていることが多いようです。「和文和訳」とは聞き慣れない言葉かもしれませんが、問題文の日本語を英語にしやすい日本語に読み替えることです。ここでは,「国際情勢」を「世界で今起こっていること」と変換しています。『伝わる英語表現法』はこのような「和文和訳」のプロセスを詳細に解説しています。


what’s going on in the world「国際情勢」に関して、本文にはこうあります。


時制や状況in the world、at that time、hereなどを自分で使いわけることによって、表現の範囲が大きく拡がります。(p.25)


これを実践して、私は著書『英文法基礎10題ドリル』(駿台文庫)に


Nothing is more mysterious than what is going on in Europe.

ヨーロッパ情勢ほど複雑怪奇なものはない。


という例文を入れました(親しい友人からは「これ、『伝わる英語表現法』へのオマージュでしょう?」と指摘されました。バレバレでしたね)。


「ヨーロッパ情勢」はinternational situationを起点としていたら (European situationか、それともsituation in Europeか……。あっ、situation of Europeの可能性もあるか……。いやちょっと待てよ……、冠詞はどうするべきなのだろう……)などと色々と悩ましかったはずです。


what’s going on in the worldから始めればwhat is going on in Europeを思い付くのは実に簡単でしょう。ほぼ迷いようがありません。さらに応用して「20世紀のヨーロッパ情勢」とするのも容易です(what was going on in Europe in the 20th century)。


序章にある次の言葉はすべての受験生に読んでもらいたいものです。


英語は単語も構文も、簡単かつ明瞭であることを常に要求します。ですから簡単な英語は決して幼稚な英語ではありません。(p.5)


このことを知らずに、背伸びをした表現を用いて英語とは「似て非なるもの」を量産してしまう人がどれだけ多いことでしょうか……。


英作文をしっかりと勉強したい、英作文を得点源にしたい生徒には『伝わる英語表現法』に紹介されている考え方をそれぞれ理解し、紹介されている用例をすべて暗記するようアドバイスしました。

現状(ただしcurrent situationを使わない)

学歴(ただしacademic backgroundを使わない)

貢献(ただしcontribution)を使わない

前提(ただしpremiseを使わない)

イメージ(ただしimageを使わない)


のような単語レベルの問題もあれば(p.40)、


1)これは空気が熱せられた時の現象だ。

2)この春,息子は社会人になった。

3)日本は学歴社会だ。

4)日本の画一的教育に問題がある。

5)実現しましたね。

6)素人同然だ。

7)地方分権を促進する。

8)日本は「就職」するのではなくて「就社」するのだ。

9)言語明瞭,意味不明

10)前途洋々


のような短文問題も掲載されています(p.56)。


さらに、

使い捨ての時代だと言われる。まだ使える電気製品や家具ばかりか、ペットまでがゴミとして捨てられるしまつである。なるほど生活の物質面は豊かになったが、心の生活がますます貧しくなってしまったようである。身近な物や動物への愛情なくして、人間への温かい気持ちを期待できるわけがない。


こちらは京都大学で出題された問題です(p.89,p.95)。


これらの解説を熟読し、その考え方も解答例も暗記してしまおうと助言していました。


序章から第4章まではいわゆる「和文英訳」の対策に、第5章は「自由英作文」の対策になります。「先生に教えてもらった本のおかげで、模試の英作文が満点でした!」「英作文を得点源にして志望校に合格できました!」といった喜びの報告をたくさんもらいました。



■どこにも売っていない!


ところが。


「先生、『伝わる英語表現法』がどこにも売っていないのですが……」


そうなのです。私が存在を知り、生徒に薦め始めたころには品切れになっていたのです。


当時の私のTwitterを振り返ってみたら、このようなツイートがありました。


おはようございます。英作文には例文のインプットが欠かせません。その上で長部三郎『伝わる英語表現法』(岩波新書)などを読むといいでしょう。ただしこれは絶版なので、Amazonなどの古本屋で手に入れてください。


ベストセラー『英語の読み方』(中公新書)の北村一真先生は次のようなツイートをなさっていました。


『伝わる英語表現法』は岩波新書なのに入試英作文対策のような稀有な本ですよね。古本屋に行けば割と簡単に手に入るのでは?


残念なことに、中古価格が定価の数倍になっていることも珍しくなく、10代の若者たちが気軽に買えるものではなくなってしまいました。数千円になった新書を買える生徒と買えない生徒の「経済格差」が生まれるのは望ましくありません。それどころか、中古市場に見当たらない時期さえありました。


こうした状況の中、


日本の英語教育を良くする手っ取り早い方法として

岩波新書が『伝わる英語表現法』を復刊する

があることはあまり知られていません。


『英語独習法』が売れている岩波新書さんにはこの機会に『伝わる英語表現法』を復刊していただきたい(土下座)。


『英語独習法』や『英語の読み方』など硬派な英語学習新書はよく売れることがわかったと思うので、岩波新書は『伝わる英語表現法』を復刊してください。


このように復刊希望をツイートしていたのですが、正直に言うとこれでどうこうなるとは思っていませんでした。


ところがある日。


突然のご連絡を失礼いたします。

岩波新書編集部の〇〇〇〇と申します。

このたび長部三郎『伝わる英語表現法』の復刊が決まりました。

復刊にあたっては、田中さんのツイートがきっかけとなりました。

御礼申し上げます。


なんとなんと、岩波新書編集部アカウントからダイレクトメールが届いたのです。


「んんん復刊んんん!!!! うわあ,マジかあ! マジかあ!」とおかしな声が出ましたね。


この文章を書かせていただく大役が私に回ってきたのは、こういうわけでした。



■英語学習・指導のヒントにもなる


『伝わる英語表現法』は英作文対策に最適な教材だというのが私の考えでしたが、今回再読した結果、どうもそれだけでは済まない、英語の学習法・指導法のヒントになる記述がたくさんあることに気付きました。


例えば、単語や熟語の覚え方について。


単語は文の中で初めて生きてくるのです。さらに,文には文脈があり状況があります。単語は状況があり、感情移入があって初めて身につくもので、切り離したら記号にすぎません。(p.16)


辞書を引くのはよいのですが、辞書の訳語にあまりこだわらないことが大切です。単語の意味を日本語で丸暗記すると、勝手な思い込みとなって混乱の原因となることが多いからです。(同)


共通性をみつけることによって、新しい表現に出会っても納得でき、表現を増やすことができます。(p.42)


語彙力強化の教材を作成する際には、肝に銘じておきたいものです。


等位接続詞andの解説として、次のような文があります。


andは常に相棒を意識し、しかもそれが同形・同質であることを常に確認しているのです。私たちとしては、英文を読むときも書くときもそれを意識していないと、andの使い方がおかしくて、すわりの悪い文章になりがちですから注意したいものです。(p.135)


「相棒」という言葉のセレクトが素敵ですね。等位接続詞の「等位」の意味を生きた言葉で説明してくれています。


私は普段予備校で授業をしています。志望合格を目指す若者たちに、どのように教えるのがベターなのか、常に悩みや迷いを抱えています。そんな時に「古典」と呼べるような英語学習書を紐解くと(これだ!)と思える言葉に出会えることがあります。『伝わる英語表現法』はその「古典」の一冊です。読み返すたびに新たな発見があります。英語を教える立場の皆さんにもぜひ読んでほしい理由がここにあります。英作文の指導法に悩む教師が読むべきなのは言うまでもありません。



■大学受験生にオススメする理由


大学受験生であれば英作文対策の「副読本」として活用してほしいです。もちろん,学習の主軸は学校や塾・予備校で教わる内容です。そこに含まれている数百の例文を暗唱することが必要不可欠です。しかし、難関大と呼ばれるところに合格したいのであれば、例文暗唱だけでは太刀打ちできません。覚えた例文を応用する技術を『伝わる英語表現法』から学んでください。


多くの受験生が苦手とする「自由英作文」には、次の記述が役立つでしょう。


自分が英語で表現する時にはスピーチ・会話であれレポートであれ、隙間があかないように意識することが大切です。(p.164-165)


受験生以外の英語学習者の皆さんにも強く推します。特に、英会話の上達を目指している人にとっては必読・必携と言っていいでしょう。よくある英会話の教材は「世界最強フレーズ2000」のようなものですが、これらをすべて暗記するのはそれほど簡単ではありませんし、暗記できたとしても刻々と変化する会話の場面に対応できるとは思えません。そもそも、例文集だけで対応できる会話なんて、どれだけ空疎なものでしょうか。


英語の達人レベルに達するまでは(こんなことを言いたいな)が日本語で頭に浮かびます。それが普通です。問題ありません。「英語は英語のまま理解しよう」や「ネイティブの気持ちを理解しよう」はいったん忘れてください(ずっと忘れてもらっても構わないと私自身は考えています。ここは先生によって意見が分かれそうですが……)。母語を使って思考することになんの問題もありません。使えるものはなんでも使うべきです。大切なのは、自分の頭の中に浮かんだ日本語、自分がイイタイコトを「伝わる英語」に変換することです。


なお、受験生の人もそれ以外の人も、『伝わる英語表現法』が(ちょっと難しいかな……)と感じる人には、先に田地野彰『〈意味順〉英作文のすすめ』(岩波ジュニア新書)を一読しておくことをおすすめします。


『伝わる英語表現法』は読者ひとりひとりがそれぞれの問題意識を持って読み進めていけば、各々の欲しかったことが書かれている、そんな名著です。日本の英語教育を変える可能性を秘めた一冊です。復刊の英断を下した岩波新書編集部の皆さんに感謝すると同時に、この機会に多くの読者を得ることを祈っております。


最後に、この混迷の時代を生きる私たちが噛みしめておきたい、著者の言葉を紹介させてください。


異質を自覚するものどうしが一緒に暮らしていくためには、言葉がコミュニケーションの唯一の手段です。言葉は生命線です。(p.172)




田中健一(たなか けんいち)

1976年生まれ。英語講師。著書に『英文法基礎10題ドリル』『英文法入門10題ドリル』『英文読解入門10題ドリル』(駿台文庫)。

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