• 岩波新書編集部

明治一五〇年の節目に考えるべきこと/松村圭一郎




二〇一八年は明治元年から一五〇年目にあたる。日本政府は「明治以降の歩みを次世代に遺し、明治の精神に学ぶ」ことを目的にさまざまな施策を推進している。私が勤務する国立大学にも、文科省から取組状況の照会や明治一五〇年のロゴマークのついた広報幕や「のぼり」の貸し出しを案内する文書が届いた。


明治とはどんな時代だったのか。日本に暮らす人びとの何がどう変化したのか。明治一五〇年の記念事業に共感する人も、違和感を覚える人も、必読なのが、安丸良夫『神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈』(岩波新書)。まさに目の前の景色をがらっと変えてしまう力のある名著だ。


安丸は「はじめに」でこう書いている。「神仏分離と廃仏毀釈を画期とし、またそこに集約されて、巨大な転換が生まれ、それがやがて多様な形態で定着していった、そして、そのことが現代の私たちの精神のありようをも規定している」(二頁)。そう、この本はただの歴史書ではない。むしろ現代日本に生きる私たちの「精神」がおかれてきた問題の根源に迫ろうとしている。いったいどういうことか。


日本の宗教といえば、仏教や神道が思い浮かぶ。でも、私たちの知っている仏教や神道は、明治以前とは別物だ。日本の伝統文化だと信じられていることの多くも、明治以降に「創造」されてきた。たとえば、結婚式。神社の拝殿に厳かな雅楽が流れ、三三九度の杯を交わす。この神前結婚式は明治三三年の大正天皇の婚儀に際して定められたあたらしい様式だ。民間に普及したのは戦後しばらくしてから。そもそも日本での結婚は神に誓うものではなかった。欧米の神への誓約という形式が近代的だとして輸入され、日本風の装いに改編されたのだ。


神社と寺は一体だった。大きな神社には別当寺という寺が付属し、僧侶たちが神職の上に立つことが通例だった。神社の本尊が仏像であることもふつうで、寺にも鎮守神の社がおかれた。平安時代以来、天皇をはじめ皇族の霊は仏式の位牌のおかれたお黒戸(仏壇)で祀られ、盂蘭盆などの年中行事も行なわれた。


明治政府は、それらを明確に分離し、同時にさまざまな民衆の精神的支柱だった信仰や風習、年中行事などを因習として排斥した。それが、人びとの多様な価値観を国家の要求する秩序原理にすすんで同調するよう仕向ける流れをつくった。安丸は、そこに私たちの精神の過剰な同調性の起源を見いだしている。


明治一五〇年。それは日本の民衆が培ってきた豊かな精神文化を徹底的に国家のイデオロギー一色に染め上げようとした時代だった。いま、その「明治の精神に学ぶ」ことの意義が再び強調されている。私たちは、この時代の空気にどう対峙すべきか、問われている。



松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年生まれ。文化人類学者。岡山大学大学院社会文化科学研究科/文学部准教授。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。著書に『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)。


※この記事は、 10月1日発行の「図書」臨時増刊号 "はじめての新書" に掲載されるエッセイを転載したものです。

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2018年1月19日 配信開始

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