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はじめてのしんしょ/小林せかい

執筆者の写真: 岩波新書編集部岩波新書編集部



〝初めての新書〟。こんなお題を編集長からもらってふと考えた。こういう時は、本当に〝初めての新書〟に出会う人間を観察するに限る。


ピンときたのは小学二年生の息子だ。彼なら間違いなく新書を読んだことがない。さっそく千代田図書館「中高生コーナー」の棚前に立たせてみる。


「読みたい新書を何でも選んでみて」


そう言って私は一歩下がり、静かに見守る。


理科や歴史などの教科書系、宗教や人生観などの生き方系。ジュニア向けといえど幅広いラインアップに驚かされる。さあ、新書というこの広大な世界に足を踏み出すがいい!


「ねえ、しんしょって、なに?」


がくり。なんと、そう来たか! なかなか深い問いであるが、ひとまず「〝新書〟という文字が書いてある本のこと」と答えてお茶を濁す。


待つことしばし。彼が選んだ〝初めての新書〟は『海に沈んだ対馬丸―子どもたちの沖縄戦』早乙女愛(岩波ジュニア新書)であった。


『対馬丸』は第二次大戦時、少年少女たちが輸送船〈対馬丸〉で学童疎開するところを攻撃され、大半が亡くなった中、生き残りの七人に話を聞く物語調の一冊。良いチョイスだ。少年少女たちの過酷な経験談を、果たして彼はどう読むのだろうか。期待に胸がふくらむ。


「二〇ページまで読んだら感想を話して」


いよいよ読み合わせの始まりだ。ルビが振ってあるためか、案外黙々と読み進んでいく。いいぞ、いいぞ。


「長さ一三五メートル!」


え? なに? 船の長さ? 違うよ、そういう事じゃないんだ。


「六七五四トンの大型貨物船!」


いやいや船はいいから、戦争の恐ろしさや悲しみに気づいてくれないだろうか。


同じ子ども同士で親近感を覚えるかと思いきや、そこは全く関心がない様子。考えてみれば息子はまだ七歳だ。本の少年たちは〝お兄さん〟なのだろう。「同じ」子どもの戦争体験なら心に響くはず。そんな枠にはまった期待をしていた自分に気づかされる。



結局、彼の口からは、戦争・平和といったキーフレーズが出ることはなかった。大好きな船の大きさや、暗号のような電文に興味が集中したようだ。


考えてみれば私も、大人の思惑とは関係なく本を選んできた。息子はいずれ『対馬丸』を読んだことすら忘れてしまうのだろう。初めて読んだ新書を思い出せない、私のように。しかし確かに彼は、新書という広大な世界に一歩、足を踏み入れたのだ。 


「ようこそ世界へ」



小林せかい(こばやし・せかい)

神保町にある「未来食堂」オーナー。東京工業大学理学部数学科卒業後、日本IBM、クックパッドで計6年間エンジニアとして勤務。さまざまな厨房で修業を積んだ後、2015年9月に「未来食堂」を開業。著書に『未来食堂ができるまで』(小学館)など。


※この記事は、10月1日発行の「図書」臨時増刊号 "はじめての新書" に掲載されるエッセイを転載したものです。

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