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新書で「無限」の神秘に出会う/中島さち子




初めて読むにしては重いかもしれないが、ぜひお薦めしたいのが野矢茂樹『無限論の教室』(講談社現代新書)。「この本は面白い!」。実は私自身は二人の尊敬する知人から散々薦められてから手にとったのだが、これは凄い本だ。内容は難しいものの、友人の数学者は中学時代に出会って人生観が変わった! とのこと。こうした「哲学的な世界の視方」を知ることは、実はとてもロマンチックで意義があることだと思う。私自身、「直観主義」という得体のしれないものに惹かれていたのだが、本著を通して無限の神秘がぐぐぐっと身近なものになると同時に、遠くもなった。無限はあるのか? 未来はあるのか? 存在って何? 神はいるのか? ……人類が辿ってきた、深淵な哲学の穴にふと陥りそうになる。でも、こうした「立ち止まってそもそもを振り返る時間」は、二一世紀の現代にとっても大切なのではないか。禅のように。


本著では、タジマ先生という変わった大学の先生と二人の学生によって、無限という神秘を掘り下げていく。口調はとても軽いが、よく巷で話題にされる「無限の不思議」などより深く深く無限について思考する。テーマとしては、アキレスと亀、1次元と2次元の濃度は等しい? 対角線論法、ラッセルのパラドクス、ブラウアー・カントの直観主義、ヒルベルト・プログラム、ゲーデルの不完全性定理……と錚々たる「無限のあれこれ」が並び、一つ一つとっても面白いのだが、本著のユニークさは、無限を実際に存在するものとして扱う実無限の立場と、タジマ先生が信じる(アリストテレス的な)可能無限の立場を切り分けているところだ。可能無限とは、「無限とは実際に存在するものではなく、ある手続きを永遠に続けていくことができるという可能性としての無限」を考える立場だ。


現代の数学は、実無限の立場の上に建てられた巨大な建築のようなもの。そもそも可能無限の立場(直観主義)では、実数は存在せず、無限が絡む所では排中律や二重否定除去則(not not A=A)も背理法も成り立たず、現代数学や自然科学の殆どの概念がガラガラと崩れ落ちてしまう。でも、実生活では二重否定は必ずしも元に戻らない(好きでないわけでないからといって好きなのかはわからない)のであるし、直観主義の立場から数学を再構築する可能性も未来にはまだあるだろう(「未来」が存在するものなのかはわからないが)。可能無限や直観主義の考え方を深く紹介した数学や哲学の一般書は余り見当たらず、思わず心が躍った。無限の概念は微積分等、現代科学の土台を支える重要なものだが、無限の不思議や無限の哲学的解釈の違いによる景色の違いを少し味わうだけでも頭がくらくらする。敢えてAI時代の初めての新書には、こんなグルグル目が回りそうな本をお薦めしたいと思う。



中島さち子(なかじま・さちこ)

1979年生まれ。ジャズピアニスト、音楽家、数学者。東京大学理学部数学科卒。幼少よりピアノ・作曲に親しむ。著書に『人生を変える「数学」そして「音楽」』(講談社)など。


※この記事は、10月1日発行の「図書」臨時増刊号 "はじめての新書" に掲載されるエッセイを転載したものです。

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