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  • 執筆者の写真岩波新書編集部

むっちゃええ話(「はじめての新書」後日談)仲野 徹

更新日:2019年1月11日

撮影:宗石佳子



4年前に岩波新書から『エピジェネティクス─新しい生命象をえがく─』を上梓した。そのご縁で、岩波新書創刊80年の記念冊子『はじめての新書』に、「読む、書く、薦める岩波新書」というタイトルでエッセイを寄稿させてもらった。高校時代の岩波新書についての思い出からはじめた。


なんといっても、いちばん影響をうけたのは梅棹忠夫の『知的生産の技術』である。昨年、ご子息のマヤオさんが営まれるカフェ・ギャラリー『ロンドクレアント』を訪問し、どれだけ楽しく興奮したかということなどを書いた。なんと、その中の「私にとって梅棹忠夫はアイドルのような人だ」というコメントが、はじめての岩波新書キャンペーンで、『知的生産の技術』の帯に使ってもらえた。まわりの梅棹忠夫ファンたちに、えらくうらやましがられた。マヤオさんからは「父もとても喜んでいると思います」とのお言葉をいただいた。高校生時代の自分が、将来こんな日がくると誰かに言われても、絶対に信じなかったはずだ。まったく夢のような話である。

もうひとつ、嬉しいできごとがあった。『知的生産の技術』をはじめ、高校時代に読んだ何冊かの岩波新書にすごく影響をうけたので、高校生にも読んでもらいたいという気持ちを込めて『エピジェネティクス』を書いた。高校で習う生物を理解していれば読めるような内容にしてあるのだが、読んだ大人たちから難しすぎると言われ続けて、すこしへこんでいた。筋道をおってしっかり読めばわかってもらえるはずなのだが……。しかし一度だけ、大阪有数の進学校に通う女の子に、ものすごく面白かったと言ってもらったことがある。


『大阪大学アカデミクッキング』は、簡単な講義の後、その内容にちなんだ料理を実際に作ってもらう、という人気イベントだ。3~4年前になるのだが、いろいろな臓器の発生についての講義と、「B級グルメ鶏づくし」で鶏モツ煮などを調理するという企画〈発生学的鶏料理考〉でお話をした。終わってから、賢そうな女の子が、わざわざ『エピジェネティクス』がとても面白かったと言いに来てくれた。感動、である。やっぱりわかってくれる子もいるのだ。高校生からそう言ってもらえたのは一度きりということもあって、その時のことは鮮明に覚えている。ただ、学校の名前を尋ねただけで、名前など聞かなかったのを残念に思っていた。


先日、予備校の医学部進学説明会にかりだされた。そこで、その時のお話をした。講演終了後、ひとりの方が、ぜひご挨拶をしたいとやって来られた。聞けば、その女の子のお母さんだった。覚えておられますか、と尋ねられたのだが、先のような事情だ。覚えているどころではありません、あまりにうれしかったので、『はじめての新書』にもそのことを書いたのです、とお話をした。先生のおかげで娘は医学部をめざすようになり、がんばっています、ありがとうございました。と、涙を流さんばかりによろこんでいただけた。とんでもない。お礼を言わなければならないのはこちらの方だ。大げさと思われるかもしれないが、生きてたらええこともあるんやなぁと、しみじみと幸せな気持ちになった。


思い起こしてみると、高校生ではなくて、中学生じゃなかったかという気がしてきた。中学三年生だけれど、中高一貫校なので、もう高校の生物を履修しました、と聞いたような記憶が蘇ってきたのだ。確認してみたら、そのとおりだった。なにかと忘れっぽくなってきているこのごろだが、そんなことまで覚えていたとは、やはりよほどうれしかったのだ。


「受験が終わりましたら、姉と一緒に伺ってもよろしいでしょうか?」というメールをもらった。アカデミクッキングをいっしょに受講したお姉さんはすでに医学生になっているとのこと。もちろんである。ご両親もいっしょに、お食事にでも招待しようと思っている。いまから春が待ち遠しくてたまらない。


(なかのとおる:大阪大学医学部教授)



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【編集部の後記】岩波新書創刊80年もいよいよフィナーレ。今回は、仲野徹先生に「はじめての新書」の後日談を披露していただきました。本稿は「日本医事新報」で連載中の〈なかのとおるのええ加減でいきまっせ!〉に掲載された『むっちゃええ話』を加筆改稿したものです(4934号、2018年11月17日発行)。「こんなん書きました」と、先生から送られてきたエッセイはまさに「むっちゃええ話」。ぜひB面でも紹介してほしいと思って、先生に加筆をお願いし、日本医事新報社さんのご許可を得て再掲載させてもらいました。仲野先生は先日、晶文社から『(あまり)病気をしない暮らし』を出版されています。ベストセラー『こわいもの知らずの病理学講義』につづく第2弾、発売即重版でまたもや大好評。おすすめの一冊です。(N)


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