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  • 執筆者の写真岩波新書編集部

編集長を訪ねて 第5回 ちくま新書編集長 松田健さん

更新日:2019年8月14日

聞き手:岩波新書編集長 永沼浩一


「編集長を訪ねて」久しぶりの更新です。第5回は、ちくま新書編集部をお訪ねして、編集長の松田健さんとお話をしてきました。ちくま新書は、いわば "新書のフロントランナー"。現在、日本で "新書" と名の付く本を年間最も出版しているのが、ちくま新書です。その先頭に立つ松田さんの獅子奮迅の活躍を、人づてによく聞いていました。多忙な時間の合間をぬって、インタビューをさせてもらいました。


                  * * *


──はじめまして。今日はどうぞよろしくお願いします。


【松田さん】よろしくお願いします。


──じつは、これはもう最初から聞こうと思ってきたのですが、ちくま新書さんは毎月ピタッと7点、新刊を出し続けていますね。毎月発売、しかも書き下ろしの新書で、これは驚異的なことです。私はいつも遠くから畏敬の眼差しで見ています。毎月7点というのはやはり目標としてやってこられたのですね?


【松田さん】そこに気づいてくださったとは嬉しいですね(笑)。2018年のはじめから、まさに月7点を目標にしてきました。今の新書売り場は競争が厳しくて、他社の刊行点数も多いので7点出しても、なかなか気づいていただけないのですけど。


──見事だと思います。私は月に5点でも四苦八苦ですよ。松田さんのご苦労も察しつつ、同じ立場の者として本当に敬意を表します。でも、月7点とは作る方もそうですが、売る方も大変ではないですか? 点数をもっと絞って、売れるものだけ出すという考え方もありますよね。


【松田】ありますね。でも、どの本が売れるのかは出してみなければわからないですし、もっと前の企画の段階で「この著者でこのテーマだったら絶対売れるだろう」と考えても、実際に売れる本になるかどうかはわかりません。それなら事前に何が売れるか売れないかと絞っても仕方がないと思って、とにかく月に7点ずつ、やれるところまでやってみようとして出し続けたのが、この1年間でしたね。


ちくま新書最新刊のラインナップ7点(2019年3月)


──ちくま新書の編集部は何人いるのですか?


【松田さん】新書編集部の専属メンバーは8人です。あと、うちの会社では編集局に所属していれば新書も担当できるので、新書編集部以外の編集者がつくった新書が今年度は15点ぐらいありましたね。


──企画会議はどうやっているのですか?


【松田さん】会議は4人ずつの2チームで、私と副編集長がそれぞれまとめています。副編集長にも企画の決定権があるので、この会議で決めた企画は正式決定ということで通しています。


──どういうペースで開いていますか?


【松田さん】月に1回です。1時間半ぐらいですかね。8人でやったこともあるのですが3時間もかかってしまって、これは1回でやるのは無理だと思いました(笑)


──岩波新書の編集部はいま10人いますが、やっぱり時間がかかりますね。


【松田さん】終わらないですよね(笑)。細かな内容にまで立ち入って議論する会議は、4人か5人が適正な人数だそうです。8人だと多くて議論にキリがつかなくなる。


──なるほど、4人なら意思決定のスピードも速くなりそうですね。そういえば、私たちが「この人に新書を書いてもらおう」と思って依頼しに行くと、「いや、じつはちくま新書から執筆依頼が来ていまして…」と言われることがありますよ。ちくま新書さんは動き出しが速いですね。


【松田さん】え、そうですか? 私はむしろ遅いのではないかと思っているぐらいです。2011年に東日本大震災がありましたが、他社はすぐに動き始めて、1か月もすると地震や原発問題関連の本が出始めましたよね。ところが、私たちは動き出せなかった。その頃、私はまだ編集長ではなかったんですが、「これではいけない、もっと他社を見習わなくては」と思ったものです。


──企画会議ではどのような議論をしているのですか?


【松田さん】編集者に、それぞれ数点ずつ、思いついた企画のテーマと著者の候補を出してもらいます。それに対して、編集長がその場で企画として進めるかどうかの可否を決めるのですが、私は出てきた企画はなるべく通してあげたい。だから企画としてボーダーラインにある場合、著者はいいがテーマは変えた方がいいのではないかとか、逆にテーマはいいけど著者は別の人がいいのではないかとか、そういう話をします。著者もテーマもこれでは難しいかなと考えれば、それに類似したテーマでこういう著者がいて、そちらの方が面白そうだから、その筋で考えてみたらどうかとか、編集者がなるべく次に動き出せるように言えればいいなと思っています。


──岩波新書の企画会議では目次案をまず配って、内容についてひととおり説明してもらってから議論を始めるのですが、そういう会議ではないのですね?


【松田さん】「この著者にこういうテーマで企画を依頼する」という案を出す会議です。そこが岩波新書さんや中公新書さんとは大きく違うところで、著者へのアクセスはフリーではないのです。私と副編集長がそれぞれゴーサインを出したところで著者にアプローチできるかたちになります。


──目次作りはその後からということですか。そこは私たちと違いますね。


【松田さん】岩波新書さんや中公新書さんの場合は、著者へのアクセスはフリーでも、会議の場で否決されることがありえますよね。私たちは会議で企画を決めた上で著者と相談を始めます。そのため、上がってきた目次に対して「こういうことにも触れてほしい」とお願いすることはありますが、まるまる否決されることはあまりありません。


──私は前々から、ちくま新書のラインナップには何か “波” のようなものがあると感じているのですが、松田さんは編集長として「こういう特徴を出していきたい」という意識はありますか? ちくま新書は創刊のとき "入門書" という特徴を見事に打ち出しましたよね。『ニーチェ入門』や『フーコー入門』は哲学思想では今でも定番の入門書です。面白いのは、その後の歩みを振り返ると、『ルポ 虐待』や『ルポ 若者ホームレス』といった “ルポもの” がいろいろ出ていた時期もあります。なんとなく “波” というか、バイオリズムのようなものを感じるのですよね。


【松田さん】たしかに『現代語訳 学問のすすめ』『現代語訳 論語と算盤』など現代語訳シリーズをやや集中して出していた時期もあったりしますね。そうした波を意識することは大事で、「そのジャンルは本当にだめなのか?」と考えてみるといいかなとも思っています。じつは創刊からしばらくの間、英語に関する本が売れて点数もたくさん出していたのですが、その後最近まで10年間ぐらいパタッと途絶えていたんです。そこに英語本で実績のある編集者が入社してきたので、久々に出した英語入門の新書がキャサリン・A・クラフト『日本人の9割が間違える英語表現100』です。この新書が10万部を超える大ヒットになりました。そういう「忘れているようなジャンル」もあるのではないかと思います。


──では、これからまた英語本の “波” が来るかも知れない?


【松田さん】“波”とまではいかないですが、「うちでこういうのを出してもだめだ」と頭から決めつけないで、もう少し角度を変えて考えてみるのもいいのではないかなと思います。忘れているだけかもしれませんので。


──編集部の人の構成が変わると、いつの間にか手薄になってしまうジャンルもありますからね。


その後も部数を伸ばして、ついに10万部を突破!


【松田さん】ただ一方において、私たちには弱いジャンルもあって、それをどう打開していくかが課題です。社会科学ものや歴史ものも弱い。逆に、歴史は中公新書さんが突出して強い。アカデミズムのなかでは、中公新書に書くことがひとつのステイタスになっています。これは“レーベルの力”なのだと思います。


──レーベルに寄せられる読者の信頼でもありますよね。


【松田さん】「君のところが中公に勝てないのは当たり前だよ」と、かつての講談社現代新書編集長で選書メチエの創刊編集長でもあった故・鷲尾賢也さんに言われたことがあります(笑)。「歴史の本で同じ著者に書いてもらっているのに、現代新書で出すと中公新書のより全然売れないんだ。それはね、昔からそうなんだ」と鷲尾さんは言っていましたね(笑)


──そうは言っても、現場の編集者としては、何とかそこを打開して新しいジャンルを開拓したいという気持ちがあるではないですか。松田さんもそこで日夜格闘していると思うのですが。


【松田さん】ただ、ちくま新書が社会科学に弱いのは、相対的に人文学全般に強いことの裏返しでもあると思っています。これは「全集の筑摩」と言われた弊社の伝統に培われたものなので、その期待を裏切るような本作りをしてはいけないと思っています。いまは弱いジャンルも、今後力を入れていきたいですね。


──ちくま新書では近年、『古代史講義』『昭和史講義』『平成史講義』といった日本史の“講義もの”が出ていますね。最近出たのは『中世史講義』でしたが、あの新書は松田さんのご担当でしたね。


【松田さん】1か月で14人の筆者へゲラをそれぞれ3回、全部で42回送って大変でした(笑)


──新書1冊に14人の筆者とはまた多いですね。


ハンディでコンパクトな、あるようでなかった通史の本


【松田さん】じつは、ある人に指摘されて初めて気づいたのですが、こういう本の作り方は、それこそ岩波書店さんがやってきた「岩波講座」の作り方に似ているのかもしれません。岩波講座にはその中からまた本を作るというような “知の生産システム” があったと思います。それを新書でやれるのではないか。つまり、1人20枚ぐらいの原稿を15人の筆者に分担して書いてもらう。こういう岩波講座に近いスタイルで作った新書から、またいろいろ次の展開を考えていける。そういう利点があると思います。


──そうか、松田さんは “ひとり岩波システム” をやっているのか(笑)


【松田さん】よく若手編集者がトレーニングとしてやらされる雑誌のようなシステムなので、ぜひうちの若手にもやってもらおうと思っているのですけど(笑)


──でも、たしかにおっしゃるとおりです。岩波講座での書きぶりを見て「あ、この人は書けるぞ」と見込んだ方に新書を書いてもらう流れはありますから。岩波講座が“教養新書”としての岩波新書を支えてきた面もあると思います。


【松田さん】ただ一方において、私たちの編集部には、もっとやわらかい、自由な知のあり方も探っていくべきではないかと考えて企画を立てている編集者もいます。他社のレーベルを見れば、新書全体はそちらの方向に向かっているのではないでしょうか。たとえば、新潮新書さんがそうですね。分量も基本的に250枚までと決めて、ページも厚くならないように、内容も難しくならないように、一般の人に開かれた知というかたちで新書を出されています。ちくま新書にはそういう200ページぐらいの新書もあれば、400ページや500ページの新書もあります。多様な新書を出していければいいなと思っています。


──私は「256ページを超えないように、256ページを超えないように」と編集部では念仏のように唱えています(笑)。コンパクトですぐに読めるところに新書の本質があると思うからなのですが、たしかに近年のちくま新書さんは400ページを超える分厚い新書も出していますね。あれは意識して出されているのですか?


【松田さん】そうですね。「ある程度掘り下げて情報を盛り込む」という著者の強い意図があるなら、それを生かしてみてもいいと思っています。あと、他社さんでは1000枚の原稿を400枚ぐらいに減らすのに1年かけたというような話も聞きますが、その1冊に1年かける時間があれば、他の本を何冊も作れますので、もちろん1000枚のままで出すわけにはいきませんが、ある程度厚くなっても新書として出していいのではないかと思います。


枠にはまらない、この自由さが今のちくま新書らしい


──差し支えなければ教えてもらえますか。最近、筑摩書房さんは単行本の刊行が減っているように見えますが、いかがですか? 少し前だったら単行本で出していたかもしれない企画を、新書で出しているような印象もあります。


【松田さん】そう言っていいと思いますね。新書のかたちでなければ世の中に配本することすら難しくなっているのが今の出版界の現状です。その意味では、新書は非常に恵まれたメディアです。この恵まれた枠はフルに使いたい。少なくとも私はそういう思いです。


──なるほど、それはいかにも筑摩書房さんらしいですね。ペーパーバックは筑摩書房さんの十八番ではないですか。ちくま文庫、ちくま学芸文庫もあって、いま新書に力を注いできているのは、本来の路線と言えそうですね。ちくまプリマー新書も『友だち幻想』などの話題書が出て好評ですし。


【松田さん】筑摩書房は1978年に事実上倒産したのですが、その後、ペーパーバックの定期刊行物で生き残りを図ろうと、1985年にはちくま文庫を創刊しました。「“全集の筑摩” から転換しなくてはいけない」という意識が強かったと聞いています。それが成功したので、ちくま学芸文庫、ちくま新書、ちくまプリマー新書や筑摩選書とペーパーバックのシリーズに活路を見出してきました。


──でもペーパーバックが主体となると、これまで単行本を担当してきた人たちはどうなるのですか?


【松田さん】多くの編集者はペーパーバックの編集部に所属しながら、単行本も担当して作っていますね。文庫化も視野に入れると単行本もなるべく多く出していきたいのですが、結果として単行本は以前より少なくなっています。


──そうなのですか。もしかすると、ちくま新書さんは “新書” という本の未来を示そうとしているのかもしれないなぁ。極端なことを言えば、かつての単行本はこれからすべて新書になる。最近はそんな気もしています。


【松田さん】すべての本が新書になりうるどころか、どんな人にも新書を1冊書くぐらいの、その人なりの経験や学識があるのではないでしょうか。「どの人も新書1冊ぐらいは書くことを持っている」と言ったのは、たしか作家の宮脇俊三さんだったように思います。宮脇さんは中公新書の初代編集長でもありました。そういうふうに考えて企画を自由に出していきたいですね。もちろん、それを売れるパッケージとして成り立たせる苦労はありますが、それを考えるのが私たち編集者の仕事であって、プロフェッショナルとしての仕事なのだと思います。


──その人にしか書けない本を新書で書いてもらうということですね。私もその人の代表作になる本、たとえば、主要著作を紹介する欄で必ず最初に挙げられる本を新書で書いてほしいと思っています。“新書”という本は、そういう本でありたいですよね。今日はとても刺激になりました。ありがとうございました。


【松田さん】ありがとうございました。



(2019年1月16日、筑摩書房にて)


 * * *


◆インタビュー後記◆

松田さんのリアルな状況判断が印象に残りました。ペーパーバックに活路を見出すという考え方は、筑摩書房の良さを生かすということであり、とても理にかなった戦略だと思います。「新書とはこうでなくてはいけない」と思いがちな私の頭を大いに揺すぶられました。ちくま新書の創刊は1994年。"第3次新書ブーム"とも呼ばれる新潮流を生み出すきっかけとなったのが、ちくま新書の誕生でした。創刊25年を迎える今年も、ちくま新書から目が離せません。


[きょうの手土産]

今回はいつもの神保町から少し足をのばし、編集部員に教えてもらった東京・九段にある洋菓子の老舗「ゴンドラ」のパウンドケーキを持参しました。創業昭和8年のこちらのお店は、靖国神社のすぐ横にあります。ラム酒の香りがほどよいパウンドケーキは昔ながらの日本の洋菓子で、どこかほっとする美味しさです。



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