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  • 岩波新書編集部

連載 私のコロナ史 第9回 2021年、五輪の開催とワクチン狂騒曲

飯島 渉







ワクチン接種をめぐって

2021年をふりかえる時、必ず触れなければならないのがワクチンをめぐるさまざまな出来事です。米国で開発されたmRNAワクチンが日本に輸入され、2月、医療関係者から接種が始まりました。ワクチンの確保や接種のために尽力された方々には申し訳ないのですが、ワクチンが不足したり、接種券がなかなか届かないとか、予約がとれないなど、制度とその運用やデジタル化の面も含め状況はかなり混乱したため、一国民として「狂騒曲」という言葉を選びました。年齢や居住地域、何よりも接種を受けるかどうかによって、個人が置かれた状況は相当違っています。そこで、まず私自身のワクチン履歴を書いておきます。


最初に直近の状況から。2022年11月2日、5回目のワクチンを近所のクリニックで接種しました。4回目から5カ月以降に接種が可能となる制度設計が3か月以降に短縮されたので、横浜市在住、当時61歳の私は、10月19日に届いた接種券によって、期間短縮後に横浜市の予約システムから(この使い方にも慣れました)、翌日授業のない11月2日昼の接種を予約したのです。当日はよい天気で助かりました。12時ごろに受付を済ませると待つことなく、看護師がファイザーのオミクロン対応ワクチンを接種してくれました。打つ方、打たれる方とも慣れてきました。予約もすぐ取れ、近所で接種できるのは有難いですが、いったいいつまでこれが続くのか、そろそろインフルエンザのように有料化されるかもしれないと思いました。接種後、「2価:起源株/オミクロン株BA. 4-5」と製造番号が添付された「予防接種済証(臨時接種)」を受け取りました。10分から15分ほど様子を見てから帰ってほしいとのこと。いろいろ聞きたいことがあったのですが、不審に思われるといけないので、日によっては100人ほどが接種していることのみうかがいました。


このクリニックで4回目も接種しました(2022年7月26日)。風邪をひいたとき一度だけかかったことがあって、机の中の診察券を頼りに、ワクチン難民だった2021年夏に電話をかけたことがあります。なかなかつながらず、ようやくつながってもワクチンがいつどのくらいそろうか不明とのことで、「また電話してみてください」と言われ、あきらめたことを思い出します。その後、職場の青山学院大学に開設された東京都の大規模接種会場で、最初の2回の接種を受けました(2021年8月3日と24日)。非常に重苦しい雰囲気でした。


ワクチンをめぐってはさまざまな意見があります。さっさと受けることにしたのは、リスクよりも重症化を防ぐとされるメリットを勘案したためです。接種券番号はずっと同じでした。ちなみに、接種券がなくても、番号を入力したら予約できたという話を東京都在住の方から聞いたことがあります。確かに3回目の接種券はなかなか届かなかったのです。そのため、3回目は、「接種券なし接種」で、横浜市の大規模接種会場(ハンマーヘッド)で接種しました(2022年2月26日)。その様子を詳しく書く前に、まず、東京五輪・パラリンピックにふれておくことにします。





東京五輪・パラリンピック

一年延期ののち、2021年夏に開催された東京五輪・パラリンピックをどのように位置づけるかにはていねいな議論が必要です。延期は当然と思いましたし、2021年夏、緊急事態宣言の中での開催には共感できませんでした。COVID-19のパンデミックは予測の困難な不幸な出来事だったとしても、開催決定の経緯(2005年の石原都知事による招致表明、2009年の失敗)、「東日本大震災の復興五輪」としての再度の招致計画、安倍首相の福島アンダーコントロール発言(2013年)、そして開催を目前にした新国立競技場のコンペやり直し、エンブレムの盗用疑惑、JOC不正献金疑惑、開催直前の問題発言による役員辞任の連続など、コロナ以外の問題も多すぎました。開催の意義は、「東日本大震災の復興五輪」から「人類がコロナに打ち勝った証」にかわり、結局、「コロナ五輪」は2020年から21年の日本社会を深い分断へと導きました。2022年の現在でも、電通と五輪スポンサーのAOKI、KADOKAWAなどとのお金のやりとりの問題は終わっていません。


東京五輪・パラリンピックを控えた2021年前半、世界はCOVID-19の感染拡大に直面していました。4月にはインドでの感染の拡大が顕著で、病床の不足や医療機器、特に酸素不足が発生しました。その背景には、3月中旬から始まったヒンズー教の大祭があったとされています(『毎日新聞』2021年4月26日、朝刊、7面「インド医療崩壊危機」)。日本でもデルタ株が広がる中で、たびたび緊急事態宣言が発出されていました(本連載第8回参照)。こうした中で、五輪の開催の是非も問題となりました。五輪反対の世論が広がり、宇都宮健児元日弁連会長らは、インターネットのサイト上で「五輪中止」を求める署名活動を開始しました。東京立川市の立川相互病院には、「もうカンベン オリンピックむり!」という張り紙が掲示されました(『毎日新聞』2021年5月7日、朝刊、22面「五輪反対広がる声」)。


2021年6月2日の衆議院厚生労働委員会で、尾身茂(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)は、「いまの状況で(五輪を)やるというのは、ふつうないわけですよね。そういう状況でやるということであれば、オーガナイザーの責任として、開催の規模をできるだけ小さく」と語りました。専門家は、開催の是非そのものも論じようとしていました。しかし、政府は専門家の慎重論を押し切り、6月18日、尾身茂らは専門家有志26人を代表して、「無観客が望ましい」とする提言を政府に提出しました(https://drive.google.com/file/d/1aSoNSgRkoM50SI3iQznzbRR1xc3eWEFT/view)。この提言は、開催を前提として、どのような形の開催かを問題とするものでした(『毎日新聞』2021年6月19日、朝刊、3面「有志提言に政治の影 五輪是非の言及「封印」」)。それは、国民全般の感覚とは乖離したものでした。そのため、7月4日の東京都議会議員選挙で自民党は議席を減らし、敗北します。こうした中で、緊急事態宣言の下、7月23日、五輪開会式が行われました。



河瀨直美監督の公式記録映画、サイドAとサイドB

 

この時期、私はテレビなども見ることなく、プロテストとしての無関心を選択しており、つまり、開催に同調しませんでした。しかし、COVID-19の2021年を書くためには、五輪やパラリンピックにどうしても触れざるを得ません。そこで、思いついたのが、河瀨直美の公式記録映画「東京2020オリンピック SIDE:A」「同SIDE:B」(五輪開催では、公式記録映画の作成が条件とされます)を見ることでした。


ところが、2022年後半、これを見ることは難しくなっていました。公式パンフは、ジャーナリストの大学時代の友人から借りることができました。彼は公開時に見たとのこと。原稿を書きはじめましたが、映像作品を実際に見ないでその印象を書くことはフェアではないと思いなおし、あきらめかけていたところで、『朝日新聞』「天声人語」を読んでDVDが販売されたことに気づきました。慌てて購入、さっそく見てみました。ちなみに、「天声人語」は、子連れのマラソンランナーなどの選手を描いたSIDE:Aと組織委員会の幹部やスタッフ、市民の様子を描いたSIDE:Bを好意的に評価しながら、五輪をめぐる利権問題にふれ、SIDE:Cが必要だとするものです(『朝日新聞』2022年12月4日、「天声人語」、朝刊、1面)。


2021年には五輪と「共生」していなかったので、合計4時間に及ぶSIDE:AとSIDE:Bの印象を書くと、おもしろく拝見しました。SIDE:Aでは、柔道や空手(沖縄出身者初の金メダル)の選手が印象的で、五輪に人生を賭けた方々の努力、競技への外国人選手と日本人選手の感覚の違い、その背景にある論理の違いについて知ることができました。組織委員会の問題点を示したSIDE:Bも必要だったのだと思います。全体として、五輪の開催を肯定的に描くことに成功していると思いました。公式記録映画なので、開催すべきではなかったと言うことは難しく、また、河瀬も開催自体に肯定的なのだと思います。厳しい批評を一つだけ、映画が大会組織委員長だった森喜朗やIOCのバッハ会長を随所で大写しにしているのとは対照的に、反対デモの参加者にはモザイクがかかっていました。プライバシーが考慮される時代なので気にならなかったのですが、映画はデモ参加者から顔を剝奪したという批判があることを書いておきます(『東京新聞』2022年8月10日、夕刊、5面「オリンピック映画の奇怪」)。


大会組織委員会も2022年6月末に解散しました。国会図書館の「インターネット資料収集保存事業」では、東京五輪・パラリンピック組織委員会のサイトを、2015年9月から2021年12月について28件収集・保存をしているものの、民間団体の扱いであるため、申し出により公開が停止されているとのこと。委員会の解散に際して、武藤敏郎事務総長が歴史の評価を待つと発言したにもかかわらずです(『東京新聞』2022年7月29日、夕刊、3面「五輪組織委サイトの公開停止」)。それはあまりにおかしいと思いつつ、この文章を書いている12月16日に検索してみると、「東京五輪組織委員会」では、メタ・データはゼロ件となっています。このことが、新聞記事の理由によるものなのかを確認したいところ、どなたかご協力をお願いします。次に、「コロナ」で検索してみると、142077396件がヒットしました(12月16日)。たいへん貴重な情報と言えるのですが、他方、メタ・データでは、「コロナ専門家有志の会」のHP(これは、現在でも情報提供が続いています。https://note.stopcovid19.jp/)の1件だけしかヒットしませんでした。資料の保存という意味では、状況は深刻だと思います。


記録映画におけるCOVID-19の描き方は十分ではないと感じました。これは、「東京2020オリンピック閉幕から1年~ある記者たちの視点」というTBSラジオの番組でも指摘されています。Youtubeでも見ることができます。この動画は、澤田大樹、城島未来、生島淳が記録映画について縦横に語るという内容で、この文章で指摘できなかったさまざまな論点を紹介しています。連載を続けている私からすると印象に残ったのは、記者たちが、東京五輪・パラリンピックの検証ができていないことを厳しく批判し、「検証下手」な日本という表現でそれを説明していることです。


それにしても問題多い五輪でした。この記録映画に関しては、その作成過程を取材したNHKの番組が、五輪反対のデモ参加者がお金をもらっているという事実に反する内容を紹介したことが放送倫理違反に当たるとされた事件も起きました。最近、公式報告書が公表されています(https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2022/20221215.pdf)。


吉見俊哉は、『検証 コロナと五輪』(吉見俊哉編著、河出新書、2021年12月)の中で、「この二度目の東京五輪は「失敗」であったと結論づけるべきである」と断じています(同書249頁)。それは、COVID-19のパンデミックによって翻弄された東京五輪の挫折は、「突然のコロナ禍だけによってもたらされたものではなく、それ以前からあったいくつもの矛盾やごまかし、ビジョンの欠如が複合した結果であったことである」(同書243頁)からで、コロナ禍にすべてを帰してしまうことを避け、五輪や万博の開催による「お祭り」ドクトリン自体が破綻したのだとしています(同書55頁)。2022年末の現在、東京五輪・パラリンピックをふりかえり、公式記録映画を見ながら、当時、割りきれない思いを抱いていたのは、開催の是非が論じられる際に、「アスリートの努力に敬意を表す」という枕詞を使いながらそれを論じることに違和感を持っていたからだと気づきました。五輪があまりに開催国や都市に巨大な負担を強いているという事実も記録映画からよくわかりました。競技自体は別のかたちもありえるでしょうから、そこまでのコストをかけて開催するほどのものなのか、一回ならまだしも何回もやるべきものなのか、という思いが私の率直な印象です。



医療崩壊の背景

2021年1月、前年の「Go Toトラベル・キャンペーン」との関係がとりざたされる中で、感染拡大が顕著になると、医療供給のひっ迫が問題になりました。病床の確保のため、政府は重症病床あたり1800万円から1950万円、中等症以下やコロナ疑い患者用病床に750万円から900万円の補助金を出すことを決め、感染症法を改正し、患者の受け入れに応じない病院の名前を公表する方針を掲げました。しかし、患者が増加すると、重症者用のICUが満床となり、入院するためには人工呼吸器やエクモによる治療をあきらめざるをえない状況が生まれました。医療崩壊が起きたと見ることができます。以下の記述は、特に断りのない限り、山岡淳一郎『コロナ戦記―─医療現場と政治の700日』(岩波書店、2021年11月)を参考にしています。


2021年4月30日、大阪府健康医療部の医療監は、「入院調整依頼に関するお願い」の中で、「年齢の高い方については入院の優先順位を下げざるを得ない」とするメールを各保健所に送りました。これは、撤回され、謝罪が行われますが、トリアージに直面していたことが浮かび上がりました(第10章「大阪医療砂漠」)。2021年3~5月には大阪府内で1198人の死亡、死者は累計で全国最多の2457人、一切治療を受けられずに自宅で亡くなった人も19人に上りました。その原因は、2021年2月に感染者が減少し始めると、緊急事態宣言の前倒し解除を提案し(期限より1週間早く解除)、最悪の事態を想定しなかったことが原因だという指摘があります(『毎日新聞』2021年6月9日、朝刊、8面「感染拡大想定 厳しく改めよ」)。トリアージ自体は、非常時の医療体制の中で常に意識されるべき問題であり、当該職員に責任を帰すべき問題というよりは構造的な問題であり、医療機関の再編統合を進めた「地域医療構想」や保健所の削減などの政治的責任が問われるべき問題です(『毎日新聞』2021年4月10日、朝刊、17面「まず病院削減政策を見直せ 伊藤周平・鹿児島大学教授に聞く」(下))。その後、広瀬巌『パンデミックの倫理学──緊急時対応の倫理原則と新型コロナウイルス感染症』(勁草書房、2021年1月)や美馬達哉「新型コロナウイルス感染症と医療資源配分」(加藤泰史・後藤玲子編著『尊厳と生存』法政大学出版局、2022年5月所収)を読んで、トリアージがフランス語の「trier(選別する)に由来」する、もともとコーヒー豆や羊毛の品質別のグループ分けを意味する言葉で、18世紀から軍陣医学における戦場での傷病兵の治療の優先順位を指す言葉になったことも知りました。広瀬はたいへんわかりやすくトリアージをめぐる倫理学における問題を説明しながら、「救命数最大化や生存年数最大化を原則として採用する限り、パンデミック下では治療の再分配は倫理的に正しい行為である」と結論づけつつ、しかし、心理的・政治的な理由からそれを受け入れがたいと感じる人がいるとして、「……覚悟を持って受け入れるために、治療の再分配について広く議論し共通認識を形成しておくことが重要なのである」(同書85頁)と論じています。それは、容易ではない道のりですが、歴史学にはCOVID-19をめぐる記録と記憶を保全し、「歴史化」することを通じてそれに寄与する役割があります。


2021年夏の状況は、各地でかなり違っていました。東京都墨田区は医療崩壊を回避できました。都立墨東病院(765床)が大黒柱ですが、大学病院もなく、医療資源に余裕はありません。そこで、重症や中等症の患者を大病院に送る「上り」だけでなく、回復期の患者を地域の他の病院に転院させる「下り」を確保する戦略をとり、それが功を奏したのです。墨田区保健所長の西塚至(50歳、当時)は、回復期の患者へのマニュアルを作成し、病院に協力金を支給し、7病院が協力して17床を確保します。「下り」転院によって待機者がなくなりました。医師会の病院部会座長である小嶋邦明は、西塚所長がWEB会議を開催し、状況をていねいに説明したことを紹介し、一肌脱がないわけにはいかなかったとのこと。お金も大切ですが、最後は現場を支える人と人の関係だということ。山岡の筆致は、COVID-19をめぐる現場を支えた人々への共感につらぬかれています。他方、政治判断を行うべき最高責任者への視線は厳しく、東京都知事や大阪府知事は、対策を政治利用したのではないかと指摘しています。例えば、小池知事が再選された都知事選後の人事異動では、福祉保健局長として医療体制へのテコ入れなどをたびたび提言していた内藤淳が交通局長に異動させられました。これは、露骨な報復人事だと見られています(第11章「歪みの起点 屋形船から永寿へのリンクを追う」、特に194~196頁)。この本が説得的なのは、常に固有名詞が登場するからです。評価は後世が行うとの考え方がにじみでています。


紹介したいことはたくさんあるのですが、紙幅の関係から一つだけ。「コロナの大流行は、社会の構造的な歪みを可視化している。(中略)なかでも精神科の患者は、コロナにかかると二重、三重に疎外される。そもそも精神科病院では感染症の専門治療を受けられる体制が整っていない」(同書79頁)として、コロナに感染した患者の受け入れを行った松沢病院の事例や精神医療の「病院から地域への移行」を実践しているACT-K(包括型地域生活支援型プログラム―京都)の奮闘が紹介されています。精神科医で同会代表の高木俊介は、「僕らは密で成り立つ対人支援の世界と世の中との間に橋を架けています。この仕事がなければ社会はもたないのに、新しい生活様式をぶち込まれて引き裂かれている。政治家はエッセンシャルワーカーに拍手を、などとおだてる。もっと自己犠牲で人助けしろと言われているようで、腹が足つ。低賃金、人手不足は誰のせいか。対人支援への金銭補償、人材のプールは必須です」(同書90頁)、と発言しています。



コロナ禍の2021年を振り返る

それほど時間がたっているわけではないのに、2021年にどんなことをしていたのかをほとんど思い出すことができません。そこで、手帳をながめます。30年以上、手帳だけはとってあります。外国に行った時期もよくわかります。もっと早くからそうしておけばよかったと後悔しています。


7月8日、同志社大学でのセミナー、大学院生を対象として中国のロックダウンについて喋りました。これは対面でした。8月3日、ワクチン1回目、5日に静岡大学が企画した高等学校新設科目「歴史総合」をめぐるシンポジウムで講演、7日にも長野県の高等学校の先生方の研究会で、いずれも風土病を取り上げる必要性をお話ししました。2022年度から新設された「歴史総合」は、感染症の歴史を取り上げることを学習指導要領にうたっています。つまり、必修科目である「歴史総合」で、高校生は感染症の歴史を学ぶのです。それでは、どんな感染症を学んでほしいのか、このことは別の機会にまとめて書くつもりです。


2021年8月の旧盆には感染が拡大していたので、墓参りをあきらめました。8月24日、ワクチン2回目。9月7日、京都大学で開催された東アジア環境史会議(リモート開催)で、「パンデミックとエンデミック」というタイトルで講演。9月16日、CTの定期健診、無事通過で一安心。この間、五輪とパラリンピックが開催されていたのですが、ほとんど見ませんでした。



ワクチン、第1回と第2回

 

厚生労働省は、2021年のうちに、米国のファイザー製薬とドイツのビオンテックが共同開発したワクチン7200万人分、英国のアストラゼネカ製6000万人分、米国のモデルナ製2500万人分(9月まで)を調達する契約を結びました。ワクチン接種を拡大し、感染を抑制して五輪を開催するシナリオだったとされています。ところが、英国もファイザー製のワクチンを承認したため、注文が殺到しベルギーにある工場は増産のための改修を行いました。そのためいったん生産量が減少し、日本への供給が4月以降にずれ込みました。


4月半ば、日米首脳会談のため訪米した菅首相(当時)がファイザー社のCEOに電話で追加供給を要請し、追加的に2500万人分を確保すると、1日100万回を目標としてワクチン接種が加速します。自衛隊による東京と大阪での大規模接種センターや大学での接種、企業単位の職域接種などが進められました。ところが、接種にはっぱをかけすぎたため、供給不足に陥り、一部では職域接種が停止され、ワクチンをめぐって格差が広がりました、ワクチン狂騒曲と書いたのはそのためです。私の住む横浜市でも、5月3日から高齢者向けの集団接種の予約が開始されました。しかし、アクセスが集中し、システムがパンクしてしまいました(『毎日新聞』2021年5月9日、朝刊、20面「横浜市ワクチン接種 予約大混乱 いったい何が」)。神戸市は、2021年7月6~8日に接種を予約していた約6200人に電話で取り消しを連絡しました。供給が追い付かないため予約を停止し、「2回目難民」が大量に発生することを回避したのです。結局、神戸市は約10万人の予約を取り消しました。2回目の分の「市中在庫」をめぐって、厚生労働省と自治体の間に摩擦が生まれました(『神奈川新聞』2021年12月29日、2面「ワクチン接種 7月に最大難所直面」)。


東京都墨田区は、「ワクチン接種実施計画」を策定し、2021年4月1日にまず65歳以上の区民に接種券を送付し、医療従事者への接種によって経験を蓄積しながら、5月10日、区民への送付を開始しました。接種券なしではワクチンが受けられない中、6月16日、東京大手町の自衛隊大規模接種センターが年齢宣言をとりはらうと、墨田区民の1万2000人、区民の5%が接種を受けました。接種券の送付事務に時間を要したところ(横浜市は、当時、その代表でした)に比べ、結果として、ワクチン接種率も高くなりました。


ワクチンをめぐる国際的な格差も大きな問題で、WHOなどは、ワクチン供給をめぐる先進国と発展途上国、経済力のある国とそうでない国の格差をどううめるかを課題としました(Tedros Adhanom Ghebreyesus, “Rich countries must keep their vaccine promises”, The New York Times International Edition, 2021, April 24-25, p. 9)。COVAXという発展途上国へのワクチン供給のシステムがどの程度機能したのかは別の機会に論じるつもりです(『毎日新聞』2021年3月10日、朝刊、3面「ワクチン多難な配給」)。



青学での接種 

 

ワクチン難民の一人として、職場の青学に東京都の大規模接種会場が開設されたことはたいへん幸運でした。この時期、接種の様子をネット上で紹介している方もありましたが、写真を撮ることは控え、ていねいにメモを作成しました。会場は、学生食堂に設置されました。


予約時間の少し前に入り口に到着すると8人くらいのスタッフが受付の誘導をしていました。ここで、書類の確認と本人確認が周到に行われ(写真付きの職員証)、検温を行いました。その後、接種前の問診のため、8つの流れに分かれます。つまり、問診のための医師×8人、打ち手×8人、それをサポートする方×8人から運営されていました。スタッフの休憩も必要なので、当然、倍近い人員が必要です。接種自体にはそれほど時間を要しませんでしたが、接種後の休憩(観察)の時間が厳格に管理されていました。時間になると、再度、書類の確認などをへて、ようやく終了。ここにも、10人程度の担当者が配置されていました。建物の外側や正門にも(当時はかなり厳格な入構制限が実施されていました)、案内の人員が配置されていました。青学会場では、2021年8月の大規模接種において、一日2000人への接種を計画し、それを10日間ずつ(2回接種する必要があるので、合計20日間)運営しました。接種対象者は、青学関係者だけではなく、周辺の大学などの関係者でした。


副反応もメモしていて、1回目は腕が少し痛くなった程度でしたが、2回目には翌日38度をこえる発熱があり、倦怠感があって終日寝ていました。市販の解熱剤を服用したところ、翌日ほとんど回復しました。




ワクチン開発をめぐって

 

2022年末の現在でも、日本が国産ワクチンの開発に成功していないことはたいへん残念です。しかし、日本のワクチンが世界中で利用される可能性もあったのです。石井健(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所のワクチン・アジュパント研究センター長、当時、現在は東京大学医科学研究所教授)は、日本の製薬メーカーである第一三共とmRNAワクチンの共同開発を行っていました。2015年から17年のことです。ところが、2018年度の研究資金を厚生労働省が認めず、第一三共がAMED(国立研究開発法人日本医療研究会開発機構)から研究資金を獲得できたものの、石井は研究から撤退し、mRNAワクチンの開発研究は2018年に凍結されました。


石井は、2020年12月22日、日本記者クラブで会見を行い、この時の資料と記録が公開されています(「新型コロナウイルス」(54) ワクチン開発の現状②)。制度的な問題から十分な研究資金が獲得できず、研究開発から撤退せざるを得なかった事情とともに、COVID-19へのワクチンをめぐる2020年12月段階での知見を冷静に語っています。現在でも十分に視聴する意味があります。その内容はワクチン開発をめぐる技術の紹介が中心だと予想していたら、さにあらず。副反応や反ワクチン運動にも言及し、天然痘対策としての種痘の歴史、吉村昭の種痘導入を描いた小説『雪の花』や最近の清水茜の漫画「はたらく細胞」なども紹介しながら、幅広く知見を示しています。


日本はかなり時間がかかったとはいえ、蘭学を基礎に種痘を導入し、天然痘対策のための強制種痘を制度化しました。その後、20世紀の日本は、いくつかの感染症(寄生虫を原因とする風土病などを含む)の制圧に成功します。感染症対策は近代化として意識され、「健兵」の基盤とされました。戦時体制の下で、結核対策としてのBCGも開始されましたが、日中戦争から太平洋戦争の時期には、栄養水準の低下もあって、感染症が猛威をふるいます。第二次世界大戦後、日本を占領したGHQは熱心に感染症の制圧にとりくみました。その第一義的な目的は、占領軍関係者の健康の維持と占領を正当化することでしたが、現在の感染症対策にも大きな影響を及ぼしています。ドイツをモデルとした日本の医学や医療・公衆衛生体制と米国中心のGHQが進めた制度改編の相克は、日本の医学史や医療社会史の大きなテーマで、研究もたくさんあります。一つだけ書いておくと、COVID-19対策の中心の一つである国立感染症研究所は、その相克の中で設立された予防衛生研究所が前身です。


1960年生まれの私は種痘も受けています。ツベルクリン反応とか、それこそたくさんの予防接種を受けた世代です。小学生の時に学校の講堂などに集められ、集団接種を受けました。COVID-19のワクチンにもあまり抵抗を感じないのはそのためかもしれません。1970年代になると副反応をめぐる問題が顕在化し、多くの訴訟が起こされました。1976年には副反応への被害を救済する「予防接種被害救済制度」も導入されました。しかし、1989年にMMR(おたふく風邪、はしか、風疹)の混合ワクチンの結果として脳髄膜炎が起こる事例が多発し、訴訟で原告が勝訴すると、1994年、予防接種は義務ではなく「努力義務」となり、集団接種から個別接種へ、最終的には個人の選択に任せる制度に変更されました。


COVID-19をめぐって、まったく新しい技術であるmRNAワクチンへの不安を指摘する声は常にあり、また、副反応の発生の程度が他のワクチンに比べて高いことなども指摘されています。ワクチンに関してはさまざまな立場からの批判があることを承知しています。2020年以来の小林よしのりの『コロナ論』1~5も参照した文献の一つで、最近では、藤沢明徳・鳥集徹『子どもへのワクチン接種を考える』(花伝社、2022年6月)、井上正康・松田学『マスクを捨てよ、町へ出よう』(方丈社、2022年8月)、なども参照しました。論点はいくつかに収斂しつつあり、変異したウイルスへの効果が期待できないというワクチン自体への懐疑とmRNAという全く新しい技術によって開発されたワクチンへの懐疑(安全性が十分に検証されていない)というあたりに集約されるようになってきました。それが、参政党などの政治活動とも連動しているのが現在の状況です。


2022年11月には、アナフィラキシー(薬物や食物によって引き起こされるアレルギー反応)によって、愛知県愛西市の40代女性が亡くなると、愛知県医師会は、「重大事案」として、検証が必要だとしました(『東京新聞』2022年11月11日、夕刊、7面「接種後死亡 アナフィラキシーか」)。ワクチン接種後の健康被害の補償はほとんど行われてきませんでしたが、最近では、接種後死亡した女性への一時金の支出も行われるようになっています(『朝日新聞』2022年12月13日、朝刊、33面「持病ない26歳接種後に死亡 一時金の請求認める」)。



「コロナ文学」の可能性

COVID-19のパンデミックの中で、多くの人がカミュの『ペスト』を読んだとのこと。私も再読、というか最初に読んだときの記憶がほとんどなかったので、三野博司訳の新訳にも目を通しました(岩波文庫、2021年4月)。感染症を扱った日本の小説もいろいろあります。志賀直哉「流行感冒」(原題は、「流行感冒と石」、1919年4月、志賀が36歳の時に『白樺』に発表したもの)もその一つで、石とは、スペイン風邪にかかった志賀家のお手伝いさんの名前です。正直に言うと、私はあまり小説を読むほうではなくて、読書傾向としてはノン・フィクションを好みます。そのため、有名な小説を読み通していなくて、今さらながら後悔しています。


COVID-19のパンデミックの中で、状況を説明し、気持ちを伝える言葉の重みにあらためて気づきました。新聞などに投稿された和歌や俳句、川柳に注意するようになりました。現代歌人協会編『二〇二〇年 コロナ禍歌集』(同所、2021年5月)という本を手に入れました。印象的なものが多いですが、一つだけ紹介します。「コロナ後の世界と言へど三・四年経てば忘れてしまふよみんな」(大崎瀬都 千葉県 ヤママユ)。2020年に詠まれたことに驚きます。


「コロナ文学」という世界があるか気になっていたとき、犬養楓『トリアージ』(書肆侃侃房、2021年10月)に気づき、一気に読みました。以前紹介した歌集『前線』で「咽頭をぐいと拭った綿棒に百万人の死の炎見ゆ」と詠んだ1986年生まれの救急専門医です。ネタばれを避けつつ、山場は医師としてCOVID-19の患者を見送る場面で、犬養自身を彷彿とさせる医師が患者の死に向き合う姿を描いています。2021年のある時期、トリアージという言葉を聞く機会が増え、それが生死を選別される患者と選別する役割を担わなければならない医師がいてはじめて成立することを、小説を通じて実感しました。医師の友人である救急隊員、耳が不自由なため意思の疎通が難しい患者の家族など、日本のどこかに確かにありえた様相が書き込まれています。大岡昇平の『俘虜記』や『レイテ戦記』が、戦争文学としてフィクションとしての性格を持つがゆえに、起こったことを読者に伝えることができたのと似ていると感じ、一気に読んでしまいました。



その後欲張って、金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』(新潮社、2021年5月)や窪美澄『夜に星を放つ』(文藝春秋、2022年5月)にも手を伸ばしました。前者は『新潮』に掲載された短編5編を収め、コロナ以後に書かれたのはそのうちの2編です。表題とされた「アンソーシャル ディスタンス」(2020年6月号)はその一つで、随所にセックスが描かれていて、驚きました。セックスはたしかにディスタンスをとってはやりにくいものです。「コロナは世間に似ている。人の気持ちなんてお構いなしで、自分の目的のために強大な力で他を圧倒する。免疫や抗体を持った者だけ生存を許し、それを身に付けられない人を厳しく排除していく」という表現は、作者が、2020年前半のコロナの流行から大きな影響を受けたことを示す言葉でしょう。後者はもともと『オール讀物』に連載された短編を収め、5編のうち3編がコロナ以後のものです。比較的わかりやすく、「真夜中のアボカド」(2021年2月号)はコロナ禍の中でのせつない男女の関係を描いています。



常在化という収束をめぐって

「救急医療の供給体制のひっ迫が指摘されつつも、収束に向けた方向性が次第に明確になりつつある。それは、新興感染症であるCOVID-19がなくなるのではなく、対策と同時に、感染症への認識を変化させ、ある種の「共生」を実現し、その日常化を目指すことである。このことは、過去における感染症と人類の関係を検討してきた「感染症の歴史学」が教えるところでもある。収束の時期は予測しがたい。しかし、歴史学が方法的な特徴を生かし、その知見を提示し、「COVID-19のパンデミックを歴史化する」時期が近づきつつあることを強調したい」という文章をある研究資金の申請書類に書いたところ、メンバーに加わってくれた神戸大学の中澤港から批判を受けました。変異の行方は予測しがたく、この表現は急ぎすぎ、楽観的に過ぎるというのです。


中澤は、有益な疫学的情報を発信している「鐵人三國誌」第1123回(2022年7月28日)の中で、この時期、WHOによる緊急事態宣言の対象となったサル痘にもふれ、「2020年初めに新興感染症として出現したCOVID-19とはまったく違う。そんなに騒ぐようなものではないと思う。むしろ、各国政府が常在化した感染症としてなし崩し的に受入れさせようとしているCOVID-19が、日本の人口規模からすると、毎年1000万人以上が感染して5万人以上亡くなるような病気となって定着しても良いのか? をちゃんと議論すべきではないか。そういうロングスパンの見通しをもたずに日々の感染状況に対する対処だけ考えるのは無理がある。」と書いています。重症化のレベルは確かに低いのですが、高齢者を中心にリスクがあることはまちがいありません。


ワクチン接種と五輪を中心に2021年を振り返るのが今回の課題でした。2021年には『神奈川新聞』を購読していて(新聞店には迷惑な話ですが、だいたい半年くらいでとる新聞を変えます)、2021年の国内10大ニュースの1位は「東京五輪・パラ無観客開催」、第2位は「新型コロナでたび重なる緊急事態宣言」、そして第3位が「菅首相退陣、岸田政権誕生」でした。ちなみに、コロナ関係の「第5派で医療崩壊」(第4位)、「コロナワクチン接種率7割超」(第9位)も入っています。菅首相の退陣(9月3日に退陣を表明)もコロナ対策が後手に回って内閣支持率が低下したためでしたから、実に半分がコロナ関係で、2021年もコロナに翻弄された1年でした。国際ニュースの第1位は、「バイデン米政権発足」でした(『神奈川新聞』2021年12月30日、10面「国内十大ニュース」、11面「国際十大ニュース」)。


この原稿を書いている2022年12月、オミクロン株の拡大の中で、中国がふたたび厳しい局面を迎えています。強硬なゼロコロナ対策のひずみが表面化し、それが中国共産党や政府への批判となると(『東京新聞』2022年11月29日、朝刊、3面「中国ゼロコロナ 市民の怒り爆発」)、中国政府は、抗議行動を取り締まったものの、コロナ対策の緩和を模索し、11月10日に20項目からなる対策の緩和措置を通告し、12月7日にはそれを10項目に簡素化した通告を再度公表し、明確に対策を転換しました。それは、軽症と無症状の感染者の自宅隔離を認め、地域間移動の際に必要とされたPCR検査を不要とするなど、事実上のウイズコロナへの方針の転換でした。しかし、その影響などは依然として不透明です。2020年中国から始まったCOVID-19の流行は、2023年に4年目を迎えます。中国の選択は、ドラスティックなウイズコロナへの転換であり、ハードランディグとなる危惧もあるのですが、同時に、世界はCOVID-19のパンデミックの「起承転結」の「結」に到達したと見ることもできます。


仕事に追われて、本年は3回しか情報を提供できませんでした。2023年には、ほんとうに収束というスタンスで、この連載に臨むことができることを切に願っています。

(つづく)





飯島渉(いいじま わたる)

1960年生まれ。青山学院大学文学部教授。「感染症の歴史学」を専門とし、東アジアのペスト史やマラリア史を研究してきた。『感染症の中国史』(中公新書、2009年)、『高まる生活リスク――社会保障と医療』(共著、中国的問題群、岩波書店、2010年)、『感染症と私たちの歴史・これから』(清水書院、2018年)など。長崎大学熱帯医学研究所客員教授、獨協医科大学特任教授、目黒寄生虫館理事。感染症対策の資料を整理・保存する「感染症アーカイブズ」(https://aidh.jp/)の代表もつとめている。


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