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執筆者の写真岩波新書編集部

在野に学問あり 第7回 山下ゆさん

更新日:2022年8月20日

この連載は在野で学問に関わる人々を応援するものだ。


第7回は、ブロガーの山下ゆさんに話を聞く。新書ブログ「山下ゆの新書ランキング」は、新書業界においては知らぬものがいない。まさに「新書の目利き」として知られている人物だ。かく言う私も、本屋に行った時に「この本、そういえば山下ゆさんが9点って言ってたなぁ」と、新書を買ったことが何度もある。


ブログは2005年2月から、2022年現在まで週に1本のペースで更新されている。政治経済や思想、歴史に関する新書から1冊を取り上げ、山下さん自身による10点満点の採点と、5000字以上にも及ぶ新書の丁寧な要約と書評を掲載する。


(画像提供:山下ゆ)

プロフィールの欄には「通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です」とある。


在野研究を考える上で、教員の存在は重要だ。例えば郷土史や生物分類学・生態学の分野では、地元で働く先生たちが研究者となり、大学や博物館と連携しながら、その一端を担ってきた。(ただ、今の教員にそうした研究に当てる余裕などないという話もよく聞く)


ブログで新書を紹介し続ける山下さんは、在野で学問と関わる教員の新しい在り方だと言えるだろう。多忙な中、いったいどうやって本を読み、毎週5000字以上にも及ぶブログを書く時間を捻出しているのか。そしてどのように継続しているのか。働きながら学問に関わる人たちに参考になる話が聞けるはずだ。


取材したその日は、中間テスト前の忙しい時期だという。山下さんはパーテーション越しでも良く通る声をしていて、毎日たくさんの生徒の前で授業をしている人の発声だ、と私は思った。


(山下ゆ(やました・ゆ)私立学校の社会科教員。2001年からはじめた読書記録ブログ「山下ゆの新書ランキング」が大人気。新書以外のことはブログ「西東京日記 IN はてな」http://d.hatena.ne.jp/morningrain/にて。撮影:iPhone)

◇通勤時間に新書を読む


――テスト前のお忙しい中、ありがとうございます。


いえいえ。


――山下さんが取り上げられている新書は、社会、経済、歴史と様々ですが、ご専門はなんですか?


専門はなく、特に研究しているという意識もないです。読書猿さんが学問と研究についてお話している前回の記事を読みましたが、私がやっているのは学問でも研究でもないと思います。分野として好きなのは社会科学ですね。


大学では日本史の近現代史を専攻していました。大学三年生で政治学が面白いなと思い、卒業論文では吉野作造の政治思想を取り上げました。学問……と言うと大げさな感じがしますが、 本を読んだりするのが好きでなるべく勉強したことが生かせる職業がいいなと思って、教職を選んだという経緯があります。


今は私立の中高一貫校で社会科の教員をしています。公立の学校だと日本史の先生は日本史だけ教えることもあるのですが、勤務先の学校は小さな私立中高一貫校のため、様々な科目を担当してきました。中学の歴史、地理、公民、高校の日本史、世界史、地理A、政治経済、倫理……。やったことのないのは、地理Bと現代社会でしょうか。そうした意味でもあまり専門がないかもしれません。


――ブログを始めたのは教員になってからですか?


そうですね。大学を卒業して教員になったのが97年、最初に個人ホームページを作ったのは2001年です。個人ホームページをつくるのがなんとなく流行っていた時代で、何をコンテンツにするのかを考えたとき、新書の簡単な紹介がいいのではないかと思いました。


当時は通勤時間が長かったので、そこで習慣的に新書を読むようになったんです。必ずカバンに入れて出かけるようになって。最初はブログのように決まった形で更新するのではなく、短評を書いて一覧表を作っていました。


やっていく中で、過去の読んだ本を思い返す時に、ある程度詳しく本の内容を書いておくと、授業の時にも使えて便利だなと思いまして。ブログで読書ノートをつけはじめたんです。そして2005年に、今の「新書ランキング」という形でブログが始まりました。


――授業をすること、読書をすることはどのような関連がありますか?


本を読むのがそもそも好きだという前提がありますが、授業をやる時に本筋の話だけではなく周辺の知識もあった方がやりやすいんですよ。授業が早めに進めば脇の話をしたらいいし、時間が足りなければ本筋だけを話せばいいし。余裕が出てくるのを感じます。


もちろん授業に必ずしも使わない知識も多いです。読んだことがすぐに使えるというよりも、広く読んでいくことが大切なのだと思います。授業を考える時に、いちから調べなきゃいけないのか、ある程度プールがある中から出せるのかで全然違う。プールを増やすものとして、新書も他の本も大事だと感じています。


(「山下ゆの新書ランキング」2022年8月10日キャプチャー)

◇世の読書家と違うところ?


――膨大な本があると思うんですが、管理はどうされていますか。


本を買って読んでいるだけなので、あまり技術を駆使している感じではないですね。新書に限らず、本の内容をブログに書くようにしていて、それが一種の管理法なのかなという気がします。


本棚から出さなくても、ブログを見ればこういう本だったなとわかります。それに今は、家族もいて自宅にあまりスペースがありません。残念ながら手放さなきゃいけない本もあるのですが、それもブログに書いてることで、内容を思い出すことが出来ます。


――紙で買ってますか?


紙です。


――並べ方にこだわりはありますか。


ないですね。なんとなくはあるんですけど、やっぱりそれ以上に、いかに限られたスペースに詰め込むかが重要なので。なかなか綺麗には並んでいないですね。なんとなく「この頃に買った本はこのあたりにある」とか、「経済学関係はこの辺にある」みたいな、その程度の整理しかしてない。


――すごくリアルだなと思います。


そのあたりが研究をなさっててる方とそうでない人の違いかなと思いますね。やっぱり研究の人は研究に使う資料がきちんと揃っていないとどうしようもないので。僕の場合は研究してるわけではないので、何かこれを書かなきゃいけないけど、どうしてもこの本が見つからない……といった感じになることがあまりありません。


――本の情報はどこから得ていますか。


Twitterも多いですね。フォローしている研究者の方を見たり、猫の泉さんの新刊情報のツイッターもチェックしています。あとはコロナもあって、『外交』や『公研』がネット上に記事を掲載しているので、よく読んでいます。


――図書館は使いますか?


実は図書館はほとんど使わないんですよ。世の読書家と違うのは、図書館を使わないことと、積読しないことですね。


――えっ、積読しない!?


はい。全読します。もちろん、買ってから読むまでがあるので、2冊くらいは積んでますけど。


買ったからには読んでいます。それは単に、お金を使いすぎないように。つまんなくても最後まで読みます。新刊で買って最後まで読まなかった本はないですね。本を買ったら、まず後書きを読んでから、あとは前からちゃんと。


これも研究している人と、読書している人の違いなんだと思います。研究者の人は自分のテーマがあって、必要なことを本の中に見出していくわけですけど、ぼくはとりあえず、本を買ったからには最初から最後まで読む形でやっています。


貧乏性なのもあると思いますよ(笑)。家族がいる手前、そんなにバンバン買って、積み上げるのも心苦しいのもある。でも買ったからには読みたいと思う。経済学的なサンクコストを考えると、つまらない本は途中で辞めた方がいいんでしょうけど。でも買ったからには最後まで読みたいなと思うんです。


それに最後まで読んだり、読み直したり、要約をしていく中で印象が変わっていくこともあります。前半つまらないなと思っていても、最後まで読むと、なるほどこれを理解するために押さえておくべき知識だったのか、必要な退屈さだったんだなと気づいたり。


――本を読む時間についてはどのようにやりくりしていますか?


ひとつは通勤電車ですね。通勤電車の中で読んで、あとは休みの日に時間があった時に読んでます。寝る前には大体小説を読みます。


新書は大体一週間に一冊ペースで読んでいます。だいたい通勤の時に50ページずつ、五日間で250ページで一冊の計算です。理想的に言えば、金曜日に読み終わって、土日でブログを書き終えるのが理想なんですけど……。まあなかなかそうもいかなく月曜日か火曜日に記事が上がってる感じですね。どうしても食い込んじゃう(笑)。


実はコロナで休校だったときは通勤がなかったので、読む時間がなくなっちゃったんですけど、なんとなく週一回ブログを書く習慣があったので、それに合わせて家で新書を読んでました。別に誰に言われたわけじゃないけど、なんとなくやらなきゃいけない雰囲気が自分の中にあるんですよ(笑)。

(新書を入れている本棚のひとつ/写真提供:山下ゆ)

◇アウトプットで情報整理


――ブログはどのように書いてますか? 一つの記事で5000字以上あって、かなりの分量ですよね。


そうですよね。確かにやりすぎだと思います。もっとね、短くていい気もしています(笑)。まず一読して、書きながらまた読む形で、2回は読んでいます。それによって、自分の頭の中にも残っていく。ブログという形で外に公開していますが、自分の頭を整理したり、自分が後で見れるためにやっている部分も大きいですね。


――書く場所にこだわりはありますか?


今は家で書いてますね。コロナ前は、カフェに行ったりしてる時もありましたが、今はそういうこともできなくなりました。あと子どもが少し大きくなって、そんなに邪魔されなくなった。二人の娘がいるんですけど、最近は二人で遊んでくれるので。家にいても少しは仕事や記事を書いたりができるようになってきました。その前はなかなか、寝た後じゃないと難しかったんですけども。


――家でやる気は出ますか?


最近思うのは、意外とリビングに来ちゃった方がやる気が出る。子どもと一緒に使っている自分の机みたいなものもあるんですけど、そこにいる時よりも、リビングに出てきちゃった方が何となく気が散らないような気がする。そっちの方がだらだらとネットを見ない。リビングに来て、子供が向こうで遊んでる中、様子を見ながらやる。そういうことが多いかもしれない。


――ブログでは点数を付けていますよね。その基準はどこにありますか?


最近はそのテーマに興味があればおススメな本を7点にしています。興味が無い人にもオススメ出来るなら、8点、9点と付けていますね。


――ブログを通じて人間関係が出来たりはしているのでしょうか。


人間関係はほぼないですね。ブログのオフ会で外につながりをもつことはあまりないです。政治学会に行ったりしていたので、少し面識があったりしますけど、そのぐらいですね。でもブログを通じて人とつながろうとは思っていません。


読書会とかもいいと思うんですが、一度も参加したことないですね。普段は人と接する仕事をしているし、家族もいるし、人間関係は比較的もう十分かなと……(笑)。もともと一人でも平気なタイプではあるので、人と付き合う力を学校で使い果たしているのかもしれない。


でもアウトプットはやはり重要だと思いますよね。ブログももちろんそうですし、授業でプリントをつくったりすると、頭が整理される感じがある。普通はそういう機会がないと思うので、読書会に参加して、お互いに感想を言い合うことは、自分はやらないけど、悪くないのかなという感じはしていますね。


――想定読者はいますか?


あまりいません。基本的には自分のために書いています。もちろんSNSでフォローしたりされたりする中で、読む本に影響はあるので、完全に孤立してやっているわけではないと思います。ブログを読んでくださる方がいることは多少意識はしていますが、そんなにアクセス数がある人気ブログというわけでもないですし。


――活動を続けるモチベーションはどこから調達しているのでしょうか。


結局、本を読むのも文章を書くのも好きだからやっているんでしょうね。時々、こうやって取材に声をかけられたりもして、面白いなと思うこともありますが、今の生活を崩してまでも注目されたいとは思っていない。本を読んでブログを書くことが、生活の一部みたいになっているので、今やってる範囲で続けていこうと思っています。


――ご家族の方は理解はありますか。


本が邪魔だなと思っているかもしれませんが、そんなにガミガミ言われず。妻は「まぁ、よくわからないけど、すごいんじゃない」ってスタンスです。この前『BRUTUS』に取材されたとき、義理のお父さんがいの一番に買ってくださって。楽しみにしてくれたみたいで、朝一に買ってくれたようです(笑)。


(山下さん次女が書いた「勉強するお父さん」山下ゆTwitterより)

◇「思う」と言えるのが在野の強み


――新書といっても、今はトンデモ本やネトウヨの本などがある場合もあります。選ぶ時にはどのような事に気をつけていますか。あるいは、生徒に教えていることはあるでしょうか。


自分が絶対トンデモではないとは言い切れませんが、わかりやすいトンデモのタイプは陰謀論だと思います。脳学者のガザニガが述べているように、やっかいなことに人間は理由があって道徳的な判断をするのではなく、道徳的な判断がまずあって理由はあとから思いつきます。ですから、はたから見れば根拠のないものでも、一度本人の中で固まってしまうと、根拠は後から後から出ていってしまう。なかなか難しい問題だと思います。


ひとつ言えるのは、陰謀論は単純であるということです。生徒には、イチかゼロかではなく、良い面もあれば悪い面も同時にあることを教えています。例えば、中国は監視社会だけれども、だからこそコロナを初期に抑えられた。コロナは抑えたけど、監視社会でもあるよねと。こうした二面を見ることが出来れば、トンデモや陰謀論から距離を取れるのではないかなぁと思っています。


やはり、勉強すればするほど、知れば知るほど、世界は複雑で簡単にはよくわからないことが分かってくると思います。世の中を法則に当てはめて理解しようとしても、そこから逸脱する事例があり、それも偶然ではなく、それなりの理屈があったりする。そういう小さな理屈を知ることが面白いですし、変な話ですけど、世界の自由を感じるなと思うんですよね。


――世界の自由、いいですね。最近の興味関心はどの分野にありますか。


実証系や計量分析の本を読むのが好きですね。今まで当たり前だと思われていた知識を崩してくれるというか。本当に計量をやろうと思ったら、数学の知識が必要ですが、読む分にはそんなに知識は必要ない。新しい発見がけっこうあって、すごく面白いと思うんです。


例えば先日読んだ永吉希久子編『日本の移民統合』(明石書店)では、移民の日本に対する帰属意識について面白い研究を紹介していました。例えば多文化主義に対してよくある反論として、移民の文化を認めていたらいつまでも移民先に愛国心が持てないというものがあります。理屈としては一理ある気もしてくる。でも調べてみると、自分のエスニック集団への帰属意識が強ければ強い程、日本に対する帰属意識も高いという結果がデータで出てきた。そうした理屈を実際に崩してくれるようなものって、読んでいて面白いですし。もっと知っていきたいですね。


今は実証が気になっていると言っていますが、同時にエビデンスを重んじすぎるのも個人的にはどうかなと思う面もあります。データさえあれば、世の中の複雑なことがわかるとも思えない。


これは生徒を目の前にしている実感なんですが、人間がどんな風に動いているのかはわからないし、簡単にモデル化出来ないなと思うんですよ。例えば、勉強の出来ない生徒がいきなり 出来るようになったりすることがあるのですが、そのきっかけって本当によくわからない。自分が教えたことを生徒がどう受け取って、モチベーションがどのように出てくるのかについても正直よく分からない。でもそういうもんなんだと思います。やっぱり人間の行動をモデルや理論にしているのはあまり面白く感じない。「そんなことないだろう」とすぐに思っちゃうんです。


私は先ほどから、「思う」と言っていますが、「思う」と言えることが、私なりの在野で学問に関わる強みなのかなと感じています。専門家は論文で「思う」と使えないですしそれを言わないために、様々に努力をして検証を重ねていく。でも在野の立場では、無責任に「思う」ことができるんじゃないか。


例えば、自分は経済学の選好の推移率の考えが間違っていると思っているのですが、選好の推移率がなぜ成り立たないのかと言われたら、娘に好きなプリキュアの順位を聞かれて、一定以下の順位は適当に答えるしかなかった経験などから「そういうふうに思う」としか言えない。


様々な学問は、過去からの積み上げがあって発展していますが、そういう意味では、僕はいろんなものをつまみ食いしているんだろうなと思います。もちろん在野でもひとつのことをしっかり研究されている方はいますが、僕はもうちょっと軽い付き合い方をしている。東浩紀の言い方をかりれば「観客」みたいなものかもしれない。


アカデミアの内部にいたら、新書に点数は付けられないし、気軽に書評もできないでしょう。専門家は押さえるべきところは押さえないといけないでしょうし。それに専門外の本の書評を書くのも難しいでしょうし。僕なんかは、要約していて「こう思う」と書ける部分があって、それが在野で学問とかかわるいいところだなと思っています。



〈山下ゆの読書&執筆術〉

  • 平日の通勤電車で1日50ページ新書を読み、週末で執筆。一週間のリズムをつくる。

  • 読書ブログでアウトプットと本の管理を兼ねる。

  • 読書で得た知識を、授業の中でも生かす。

  • 本は積読せず、最後まで読み切る。最後まで読むと本の印象が変わることも。

  • 「思う」と言えることが、在野で学問にかかわる魅力。



●記事執筆者

山本ぽてと(やまもと ぽてと)

1991年、沖縄県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社シノドスに入社。退社後、フリーライターとして活動中。構成を担当した本に『経済学講義』(飯田泰之・ちくま新書)、『憲法問答』(橋下徹、木村草太・徳間書店)、『16歳のデモクラシー』(佐藤優・晶文社)など。「STUDIO VOICE」 vol.415「We all have Art. 次代のアジアへ――明滅する芸術(アーツ)」では韓国文学の特集を担当。B面の岩波新書で「在野に学問あり」を連載中。


*連載「在野に学問あり」

第1回 荒木優太

第3回 逆卷しとね

第4回 辻田真佐憲

第6回 読書猿

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