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編集長を訪ねて 第4回 講談社現代新書編集長 青木肇さん

最終更新: 2019年8月14日

聞き手:岩波新書編集長 永沼浩一


「編集長を訪ねて」第4回は、講談社現代新書編集部をお訪ねして、編集長の青木肇さんにお話をうかがってきました。書店員さんから「最近、新書が元気ですね」と言われることがあります。なかでも、講談社現代新書の活躍が新書全体を引っ張っているのではとのこと。『未来の年表』をはじめヒット作がつづく裏側には、新しい編集長の存在があるのでは?と考えて、お話を聞きに行ってみました。


  * * *


──青木さんとお会いするのは今日が初めてですね。どうぞはじめまして。


【青木さん】はい、はじめまして。


──現代新書さんの編集長が替わられたらしいと風の便りで聞きまして、前からお目にかかりたいなと思っていたんです。今日は楽しみにして来ました。まずは青木さんのご経歴を聞かせていただけますか?


【青木さん】入社は1993年です。最初は「週刊現代」や「FRIDAY」の編集部におりまして、2000年に「月刊現代」に移りました。そこが水が合ったというか、著者の方と一緒にものを作っていく仕事の面白さに目覚めまして、8年ぐらい「月刊現代」の編集部にいました。そのあとは、書籍の編集部ですね。ちょうど翻訳グループという部署ができまして、そこへ異動になりました。


──どんな本を担当されたのですか?


【青木さん】ジョージ・ソロスの『ソロスは警告する』という本ですとか、マルコム・グラッドウェルという「ニューヨーカー」のコラムニストの本ですね。でも、一番はまったのは、上司と一緒に作った『スティーブ・ジョブズ』の伝記でしょうか。そのあとは「月刊現代」時代にずっとノンフィクションをやっていたので、ノンフィクションの単行本を担当することになりまして、そのとき作ったのが在特会をテーマにした安田浩一さんの『ネットと愛国』ですね。あと、山一證券の企業ドキュメント秘話で、清武英利さんの『しんがり 山一證券 最後の12人』という本も作りました。


──おお、どれも「あの本か!」とすぐ思い浮かぶ本ですね。


【青木さん】いやぁ、失敗した本にはふれていませんので(笑)


──青木さんは雑誌の「G2」も手がけていらしたと聞いたのですが。


【青木さん】あ、そうですね、最後の第19号だけですけれども。最後はとにかく自分の作りたい雑誌を作ろうと思って、ほぼ一人で全部手がけました。それで「ザ・ニューヨーカー」のような雑誌を作ろうとしたのですが、表紙から何から全然違うシロモノになってしまって(笑)


──最初の「G2」とまるで違いますね、判型も変わっていますし(笑)


【青木さん】思い切って自分のやりたいことを徹底的にやろうと思ったら、ああいう判型になってしまって……。それまでの「G2」はB5判の、従来の総合雑誌と同じ判型だったのですね。それで、少し薄くて読みやすいものを作れないかと考えてやってみたのですが、結果的に販売では惨敗しました。そのときに上司から「自分がやりたいことばっかりやっても、プロとして駄目なんじゃないの?」とハッキリ言われて、「あぁ、なるほどな」と思ったのがやっぱり、何というのかな、「私2.0」になったという……(笑)


青木さんが編集人となった「G2」第19号。たしかに、アメリカのコラム雑誌の雰囲気がある


──ハハハ(笑)。では、青木さんはそのとき「G2」の編集部にいらしたんですね?


【青木さん】いえ、「G2」はとくに部署がなくて、有志の編集者たちの横断的なグループで作る雑誌だったので、私の所属自体は単行本の編集部のままでした。だから、『ネットと愛国』の原型も「G2」の誌上で少しずつ作っていった感じですね。


──「G2」はその第19号が最終号でしたか?


【青木さん】そうですね、2015年5月に、この号で休刊になりました。2008年には「月刊現代」が休刊になったのですが、どうもそのあたりから、「いまのままだとノンフィクションはかなり厳しいことになる」という話が出ていました。いまから思うと時代の流れかなと思いますが、「月刊現代」の休刊は私にとってすごくショックだったのです。だから、その頃ぐらいから、「ノンフィクションって、これからどうすればいいんだろう?」というようなことを考え続けてきた気がします。


──「G2」もそういう模索のなかから生まれた雑誌でしたよね?


【青木さん】おっしゃるとおりですね。「月刊現代」の後継といいますか、ノンフィクションの火を絶やしたくないというささやかな抵抗というか、そういう感じで始まったものなんですよね。


──書き手のみなさんも含めて「ここで踏ん張らなくては」というか、自分たちの書く場をつなぎとめていくというか、そういう気持ちがおありだったのですね?


【青木さん】自分がしてきた仕事を否定されている気がして、それに対する意地のようなものもありましたね。「G2」休刊ではいろいろお叱りも受けましたが、やはり講談社ノンフィクション賞を主催している会社でもありますし、「ノンフィクションの火を絶やすな」という思いは私だけでなく、私の周囲にいた編集者たちにもずっとあります。でも、ノンフィクションは、時間も手間も、それからお金もかかるわけですよね。いまもまだ模索中ですね。


──その「G2」の最終号を仕上げてから現代新書に移られたのですか?


【青木さん】その半年後ぐらいですね。いきなり「現代新書をやれ」と言われて、本当によくわからないまま来たという感じです。こんな話をすると驚かれるかもしれないですけれども、じつは私、現代新書はまったくの未経験者だったのです。


──え、たしか、現代新書には編集長として移られてきたのですよね?


【青木さん】そうです。


──大変ですよね。


【青木さん】よく考えたら無茶苦茶ですよね(笑)。でも、私は編集長ではあるのですが、職務上は編集部の人たちは部下というよりは同僚なのです。もっとハッキリ言えば、彼らのサポートがないと何も作れないし、わからないわけですよ。最初のうちは、企画会議でも聖職者のペテロとパウロを知ったかぶりして間違えたりとか、いろいろ恥ずかしい思いをしましたね(笑)


──現代新書というと教養新書の側面もあって、そのあたりが、青木さんがこれまで手がけてきた本と違うところでしょうね。


【青木さん】全然違いますよね。私は大学の先生に原稿を書いていただいたことがほとんどなかったですし、新書は本の作り方も違いますし。たとえば、ジョブズの伝記などがまさにそうでしたが、私がこれまで担当してきた本はとにかく突貫作業で、もう本当に不眠不休でガーッと作るとか、そういう本ばかりでしたから。でも、新書は3年も、場合によっては5年以上もかけて、じっくりじっくり蒸留酒のように作る本が多いですよね。こういう本作りは経験したことがなかったので、「あぁ、こうやって作るんだ」と逆に新鮮ですね。


──編集長として着任するときには、ノンフィクションを軸にしてみよういう考えはおありでしたか?


【青木さん】正直に言うと、狭義の意味でのノンフィクションは新書では難しいのではないかと思っています。具体的な本で言うと、最近うちで出した『捨てられる銀行』(橋本卓典著)のような、世相をうまく切り取るものを現代新書のテイストに寄せていくのがポイントなのかなと思いますね。


──ノンフィクションというと、読者はある程度の密度や深度を求めますよね、あるいは作品性というのでしょうか。端的にいえばボリュームを必要とすると思うのですが、新書という本はコンパクトにまとめなくてはならないですし、簡単ではなさそうですね。


【青木さん】まさにおっしゃるとおりです。そもそも、ノンフィクションが好きな読者は、新書でノンフィクションを読みたいとは思わない気がします。ただ、新書に合ったノンフィクションのかたちは、どこかにあるのではないかとは思いますけれど。それを模索する必要はあるのではないかと。ノンフィクションというよりは、ジャーナルな方向を意識するということでしょうか。たとえば、岩波新書さんは以前からルポを出していらっしゃいますよね。そのあたりに解があるのかなと思ったことはあります。


──ルポは現場のレポートといいますか、ジャーナリスティックな著作で、それを称して岩波新書では「ルポ」と呼んでいますね。たとえば、堤未果さんの『ルポ 貧困大国アメリカ』はその走りでしたが、ノンフィクションとはテイストが少し違う気がします。


【青木さん】なるほど。ただ、私もまだ模索中なので、結論があるわけではないです。でも、たとえば月に4冊の新書を出すとき、教養書やビジネス書の間隙を縫うように、ノンフィクション系の書目を少し意識して入れるようにはしていますね。


──たしかに、近年の現代新書さんは、ジャーナリスティックな書目が新たな特徴として見えてきていますよね。あと、もうひとつ特徴があるとしたら、ウェブメディアとの連携でしょうか。去年、『健康格差 あなたの寿命は社会が決める』(NHKスペシャル取材班著)という新書を出されましたが、あの本はウェブ展開でじつにチャレンジングな試みをされていましたね。


【青木さん】新しいことはやってみないで終わるより、やった方が面白いかなと思って(笑)。社内の一部からは「本気ですか」などと言われましたけれども。


本書では刊行から1週間後、講談社現代新書×WEBメディア7媒体「全文公開プロジェクト」を敢行。6日間連続、各メディアで1章ずつ全文を公開し、話題を呼んだ


──ウェブやソーシャルでプレゼンスを上げていくのは良い試みだと思います。講談社さんには「現代ビジネス」というウェブメディアがありますが、現代ビジネスと現代新書との連携はやはり考えていらっしゃいますか?


【青木さん】はい、現代新書で次にできることは何かと考えると、やはり現代ビジネスとの提携が大事だと思っているのです。昨年の『未来の年表』(河合雅司著)や『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』(鴻上尚史著)は、発売の時期に合わせて現代ビジネスで紹介記事を出したことがベストセラーのきっかけになりました。現代ビジネスはメディアとして成長してきて、最近はPV数も非常に伸びています。発売の直前に「こういう本を出しますよ」と紹介記事を出すと、アマゾンのランキングも上昇して、とてもよく読まれるようになります。そういう方程式のようなものがあることを、私たちもだんだんわかってきました。6月1日からは、現代新書のウェブサイトをリニューアルして、現代ビジネスといっそう連携していく形にしました。ウェブの世界でも現代新書の認知度を上げていきたいと思っています。


──私たちの「B面の岩波新書」も、規模は全然違いますけど、志向しているところは同じかもしれません。従来の読者と異なる層に、いかにリーチするかという点では。


【青木さん】そういえば、岩波新書さんでは最近、『声優』(森川智之著)という本を出してらっしゃいましたよね。あの本もそういう意図がおありだったのですか?


──そうですね、どんな企画なら新しい読者に届くかと考えてチャレンジした本です。


【青木さん】私はふだんから「50年以上続いている教養新書であっても変えるべきところは変えなきゃ」と思っているのですが、永沼さんも「変えていこう」というお気持ちがあるのですか?


──『声優』という新書については、じつは「変えた」という気持ちはないんです。チャレンジではあるのですが、変わってはいない。むしろ岩波新書の王道を往く本だと思っているんですよ。どんな分野であっても、その道の第一人者に書いていただくのが岩波新書の基本ですから。「これも岩波新書だな」と思っています。


【青木さん】格好いいです(笑)。私は「変えたい」と思っているくせに、そういうところにすごく敏感で、社内の人から「オマエ、現代新書を変え過ぎじゃないの?」と言われるのがすごく怖くて、いつもビクビクしているのですけれど(笑)。永沼さんにはそういう意識はないですか?


──お叱りはよく受けますね(笑)。80年も続いてきた新書ですから、読者の方にはそれぞれが持っておられる、あるいは期待してくださる岩波新書のイメージがあります。でも、私はいろいろな岩波新書があっていいと思っていて。実際、私自身も「岩波新書らしからぬ」と思われるような本を作ってきましたし。それもやはり「岩波新書」なんですね。さきほど「第一人者」と言いましたが、それは言い換えると、「ど真ん中」を的確に捉えることだと思っています。テーマであれ、著者であれ、その「ど真ん中」をしっかり捉えれば、どんな本でも「岩波新書」になるようなところがあるのですね、岩波新書には。いま私たちの編集部は9人いますが、人が変われば出す本も変わりますし、「変える」というよりもむしろ「岩波新書の王道とは何だろうか」と、いつも頭の中のどこかで考えている気がします。


【青木さん】私からももう少しだけ質問をしたいのですけれど、永沼さんは本の薄さに結構こだわってらっしゃるのですか? 事前にいただいた質問のメモに「新書は何でもチャレンジできる自由な本ですが、一方で、ある程度ページ数に制約(200〜240ページ)を設けて作られてきた本で、それが新書という本の持ち味と考えています」と書いてありましたが。


──こだわっていますね。編集部の人たちには「256ページを超えるな」と言っています。でも、なかなかコントロールが効かなくて、ページの多い本が増えているのが悩みです(笑)


【青木さん】聞けてよかった。すごく迷うのですよね、本のボリュームは。


──悩みますよね。新書はコンパクトさが持ち味と思うのですが、岩波新書も含めて、最近は各社で分厚い新書が出ていますよね。少し前なら単行本で出ていたような本が、いまは新書として出ている。新書と単行本との違いがなくなってきているなと感じます。


【青木さん】おそらく単行本を出すのが、新書以上に厳しいことも関係していますよね。たとえば、私が担当した黒川祥子さんの『県立!再チャレンジ高校 生徒が人生をやり直せる学校』という新書も、5年前だったら単行本で出していたと思います。少しでも安価にして、読者の手に届きやすくと考えて新書で出したのですが、では、あのルポを200ページにしたらどうかと考えると、たぶん面白くはならないと思うのです。先生と生徒の熱量のある会話とか、そういうものを含めて200ページで構成するのは難しい。もし構成できたとしても、あの学校で起きていた出来事を俯瞰的な視点から叙述した、単なる解説的な本で終わってしまうような気がします。私も基本的に新書は薄くコンパクトであるべきと思うのですが、一方で正当な理由があれば、300ページとか、場合によってはそれを超えても、新書としてありうるのではとも思います。


──うーん、なるほど、それもたしかにそうですね。読者の「面白い本が読みたい」と思う気持ちから考えると、おっしゃるとおりかもしれません。


ノンフィクション・タッチの新書。コンパクトな中にも沢山のドラマがある。新書の新しい可能性をひらく作品となるか


【青木さん】何も確証はありませんけど、各新書には「鉱脈」というか、型にはまる企画があるような気がするのです。他社のあの企画は欲しかったなとか、あの本の著者に書いてもらえないかなとは思うのですが、ではそれを現代新書で出したら売れるかというと、たぶんそこまではいかないだろうなと感じるところもあって。実際、持ってきてもうまく行かなかったこともありますし。だから、自分たちの新書にある「鉱脈」を、どれだけ見つけられるかが勝負かなという気がします。でも、何も変わらずに、型にはまる企画ばかりやっていても、たぶんいけないわけで、そこが難しいところですね。


──まったくそうですね。


【青木さん】作家の佐藤優さんに教えていただいた『ニーバーの祈り』の一節、「変えるものと変えるべきでないものを見分ける賢さを与えたまえ」という言葉。私は全然賢くないですけど、本当、そこだけですね、いつも考えているのは。あとは、ちょっと厳しそうな企画をどうやって自分たちの型に寄せるか。企画会議でも「もう少しこっちに寄せられない?」とか、現代新書として受けそうな方向に「寄せる」という言葉をよく使っていますね。


──現代新書さんでは企画会議はどのように進めてらっしゃるのですか?


【青木さん】今は月に2回やっています。1回はどちらかというと連絡会議と言いまして、「最近、こんなことがあったね」とか、「こういう企画、どう?」とか、「近刊のラインナップ、これで行ける?」といったような話をする会議です。もう1つが、いわゆる企画会議ですね。「月1回だけで企画が枯渇しませんか?」と心配してくれる部員もいるのですが、集中してやった方がいいかなと、いまのところ思っています。そういう感じで、1回あたり2時間か3時間ぐらいやっていますね。


──岩波新書の企画会議ではタイトルと目次を作って議論する、中公新書さんだったら著者に「はじめに」を書いてもらって、それをみんなで読み合って議論するとか、企画会議は各社各様でいろいろなやり方があるようですけど、現代新書さんではどういうかたちで議論されていますか?


【青木さん】タイトルと目次をまず作るのは、私たちも一緒です。プラン用紙のようなものに、タイトルと大体の章構成と帯の文言などを書いてもらって、それをみんなで議論するというスタイルですね。


──帯のフレーズも書いてもらうのですか?


【青木さん】たまに書かない人もいますけど(笑)。でも、私はそこが大事だと思っています。その本で主張したいことや伝えたいことは、タイトルと帯に出るものですよね。そこがあやふやなままだと、なかなか良い本にはならない気がします。だから、そこをしっかり考えてください、と言わせてもらっていますね。


──さきほどお話のあった現代ビジネスとの連携は、企画づくりに関してはどのようにしてらっしゃるのですか?


【青木さん】現代ビジネスの編集長とは月に1回ぐらい、会議のようなかたちで話をする機会があります。あと、現代ビジネスは反応がビビッドにその日のうちにあるので、「この記事、本にできないの?」とこちらから持ちかけることもありますし、逆に「この記事、いまPVがすごいんだけど、書籍化しない?」と言われることもあります。お互い同じフロアなので、意思疎通がしやすいのもいいところですね。


──現代ビジネスの記事が現代新書になったケースはあるのですか?


【青木さん】最近で言うと『上司の「いじり」が許せない』(中野円佳著)という本は、もともと現代ビジネスの連載です。もう少し前に出たものでは『ヒットの崩壊』(柴那典著)があります。どちらも現代ビジネスの編集部にいる編集者が作ってくれました。エッジの効いた良い本です。


──最近の現代新書を遠目から見ていると、新しい特徴が徐々に見えてきている感じがします。青木さんが関わるようになって、これまでと違う特色が出てきたのかなと私は思っているのですが。


【青木さん】うーん、そう言われると嬉しいですけど(笑)。本当にそうなんでしょうか? 自分ではそういう意識は本当に全然なくて、ただ自分が興味のあるものを少しずつ選んでいるだけですけどね。もちろん、売れそうな企画を意図的に選んではいるつもりですが、編集長になってまだ2年ちょっとですし、とくに1年目に出した本はほとんど先代の編集長が残してくれたものです。自分で一から手がけたという意識はないですね。


──では、編集部全体の意識づけというか、そういうことをなさっているのですか?


【青木さん】それもどうでしょうね? 「もっとこういうものにしていこうよ」という話は一応させてもらってはいますけど。たとえば、本のタイトルにしても、「こっちの方に寄せた方が良くない?」という話もしますが、それが当たることもあれば、外れることもありますし、これはどんな編集者だって一緒だと思いますよ。


──たしかに、正解のない世界ですものね、よくわかります。私も4年目に入ったところですが、いまだに日々迷い、試行錯誤です。今日はとても共感するお話が多くて、勇気づけられました。ありがとうございました。


【青木さん】ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。



(2018年4月25日、講談社にて)


   * * *


◆インタビュー後記◆

新書という本には「風が吹く」ときがあると思っています。編集部の中ではときどきヒット作が集中して出る人がいますが、そういうとき私は「いまはあの人に風が吹いているんだな」と思って見ています。いま各社の新書を見ていて、講談社現代新書に風が吹き始めているのを感じます。「変える」と「変えない」との間で迷い、模索を続ける青木さんに深く共感するとともに、新書の新しい可能性を追求する講談社現代新書に、あらためて注目していきたいと思いました。


[きょうの手土産]

この日は、東京文京区春日にある「マミーズ・アン・スリール」さんのアップルパイをお持ちしました。私たち岩波新書編集部では、いつの頃からか、編集長がマミーズさんのアップルパイをホールで買ってきて、編集部のみんなで食べるのが習わしのようになっています。マミーズさんのアップルパイはとてもボリューミーで、リンゴもぎっしりです。定番のアップルパイが一押しですが、「大人のアップルパイ」も美味しいです。



ところがこの日はなんと、青木さんから私の手土産に対抗して(?)「群林堂」さん(東京都文京区音羽2-1-2)の豆大福をお茶菓子としてご馳走になりました。「東京三大豆大福」のひとつと言われる豆大福。講談社の編集者さんたちは手土産でよく持参されるそうです。さすがの美味。ごちそうさまでした。

B面の岩波新書

2018年1月19日 配信開始

発行人 永沼浩一

発行元 岩波新書編集部

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