• 岩波新書編集部

生きのびるマンション(新書余滴)

山岡淳一郎(ノンフィクション作家)


スウェーデンの集合住宅。1890年代に建てられた建物を生かし、内部はモダンに改修して使い続けている。

社会的な観点から分譲マンションを取材して書こうと決めたのは20年ほど前だった。政官財が景気浮揚のためにイメージ先行で建てるマンションと、人間が暮らす生活共同体としてのマンションには大きなズレがあった。その違いは後々、住環境を蝕むと感じた。以来、継続的にマンション問題を取材、調査し、何冊かの本を著してきた。


今回、発刊した『生きのびるマンション─<二つの老い>をこえて』は、区分所有者が構成する管理組合に視点を置いた。マンションは売買される商品である半面、区分所有者が管理組合を介して議決権を行使し、維持管理の合意を図る民主的な共同体でもある。


じつのところマンションの管理組合は、身近な「民主主義の砦」であり、人と人のつながりや信頼といった「社会関係資本」(ソーシャル・キャピタル)が不可欠ともいえる。市場競争のままにスクラップ&ビルドが行われる潮流を、生活共同体の側へ引き寄せるには、管理組合を再生する視点での揺り戻しが必要だと思い、本書を著した。


お陰様で、管理組合が置かれた厳しい状況や、マンション業界の詐術的習慣、「生きのびる」ための布石を描いたことで、読者のご好評、ご助言を数多く頂戴している。


ただ、書籍としての性格づけや、紙幅の都合で、「市場」と「生活共同体」をつなぐ、重要なポイントに言及できなかった。それは「都市計画」である。都市計画が十分に機能していれば、極端なスクラップ&ビルドや、新築の供給過剰は避けられただろう。マンションが直面しているさまざまな問題も、もとをたどれば都市計画にいきつく。


この機会に都市計画の機能不全について記しておきたい。


都市計画の核心は、各地域の用途で区画するゾーニングだ。用途地域ごとに土地利用が決まる。しかし日本では用途制限が中途半端になっている。たとえば閑静な住宅が多い「第一種低層住居専用地域」でも、共同住宅や事務所、店舗などの利用が認められている。


同じ地域で使い方の違う建物が混在すれば、地価は担税能力の高い商業ベースで動く。それを良しとしてきた。政官財が地域内の建物を高くしてフローの利益を引き上げようとすると、都市計画もそちらに引っ張られる。容積率が緩和され、高さ制限が消えるのだ。


一方、欧米では用途地域を厳密に定めたところが多い。住宅地を百年単位の資産として利用するために、担税能力による「弱肉強食」で環境が荒らされるのを防いでいる。 


2000年代前半、日本でタワーマンションが一斉に建設されていたころ、私は、ヨーロッパの都市計画の実情を知りたくてスウェーデンのストックホルム市建設局を訪ねた。応対してくれた都市計画プランナーは、基本的なしくみを、こう語った。


「スウェーデンの都市計画は、根本に『計画建築法』と『環境法』があります。両法に沿って『コミューン』(日本の市町村に当たる約290自治体。ストックホルムもその一つ)が、各都市づくりの基本理念と目標を示した『マスタープラン(総合計画)』を立案します。最終的に国と自治体の合意計画となりますが、法的拘束力はない。実際の街区形成や細かな土地利用を決め、開発をコントロールするのはマスタープランに基づいてコミューンが策定する『地区詳細計画』。こちらは法的拘束力があり、開発地区を限定します。開発者は『建築届』を出し、コミューンの厳正な審査を経て『建築許可』が下ろされる。マスタープランと地区詳細計画の二重構造による都市計画は、ヨーロッパ各国に共通する考え方ですね」


日本では、中央省庁の官僚が「都市計画法」と「建築基準法」を操作して全国一律に開発の網をかぶせてきた。自治体が独自に開発を阻止し、街を守る「条例」をつくったとしても、「国の方針にそぐわない」と官僚が判断すれば、中央省庁からの「通達」で条例は骨抜きにされた。自治体への補助金カットが脅し文句として使われる。


戦後一貫して、日本では中央集権的な街づくりが行われた。その結果、どこの都市も中心街は「東京っぽい」景観となった。駅前開発のワンパターン化が象徴的だ。


これに対し、ヨーロッパでは自治体が街づくりの主体になっている。ストックホルム市のプランナーは、「民主主義の手続き」を次のように述べた。


「地区詳細計画の立案プロセスで、地域住民や関係団体が意見を言う場がたくさん設けられています。それは数十回に及びます。利害が対立する者にも情報公開は徹底されています。まず、詳細計画の『プログラム策定』の時点、さらに『公聴会』『計画の公示』と三段階で多様な意見が吸い上げられる。ストックホルム市では市議会の『都市計画委員会』(他の自治体では建設委員会)が、地区詳細計画を採択します。この採択に異議のある人、または団体は国に『上告』する権利があります」


下から積み上げられた「民意」で街をつくるシステムが動いている。


日本の自治体にも「都市計画審議会」が設けられている。「都市計画決定」に欠かせない審議会で、メンバーは学識経験者、議会の議員、行政機関の代表、住民代表で構成される。とはいえ、審議会委員は自治体の首長が選ぶので、選任された時点で行政の意向が通りやすくなっている。都市計画決定が「出来レース」といわれるゆえんである。


世界中どこでも建設された建物は時の流れとともに老朽化する。スウェーデンでは、日本のマンションに当たるコンクリート集合住宅が老朽化したら、どう対処しているのか。プランナーが語った。


「壊しません。再生します。ストックホルム市は、1930年代に労働者用のアパート供給に力を入れました。国内には1万もの湖がありますが、橋を架けては、郊外にアパートを建てた。機能主義の簡素な住宅。それらが半生記を経て老朽化し、80年代にずいぶん再生したのです。増築して部屋を広げ、浴室と台所を新しくして、壁に10センチの厚さの断熱材をはりつけました。いわゆる『外断熱』です。冬も熱を逃がさず、自然に暖かく保ち、省エネルギー化を進めるためです。技術的には再生に外断熱が欠かせません」


古くなった住宅を壊さず、再生して使い続けるのは、なぜか。日本のスクラップ&ビルドの思潮と何が違うのだろうか。プランナーが指摘した。


「たぶん、住居の対する根本的な哲学が違うのでしょう。ヨーロッパでは、木造でも管理さえきちんとすれば、100年以上、確実にもちます。時代のニーズに合わなくなっても、簡単には壊しません。経済の好不況と集合住宅の建設時期は、どうしてもズレます。戦後、わが国も経済発展し、都市に人口が集中しました。慌てて建設計画を立て、住宅を建設しました。完成したころは、経済は下降。空室が増えた。しかし、そこで壊して建てれば一時的な需要は吸い上げるかもしれないけど、対症療法でしかありません。景気変動に住宅供給が翻弄されます。壊して建ててをくり返したら、結局、社会的コストは極めて高くつく。都市計画に基づいて長期的にストックを高めたほうがいいでしょう」


イェーテボリの団地の改修風景。窓を高断熱タイプに全面改修し、建物の前部に低層のオフィス棟を建てている。

イェーテボリの改修団地。建物の壁に太陽熱パネル(黒っぽい四角)を張り、躯体を温める暖房システムを装着している。

スクラップ&ビルドは、「結局、高くつく」。この小学生でも分かりそうな答えを引き出すためにわざわざストックホルムに来たのかと思うと、私は何ともやるせない気持ちになった。壊して建てて企業は儲かっても、ツケが消費者に回される。住宅ローンを払い終わったときにはマンションの価値は下落し、資産とは言い難いものになっている。


日本の都市計画は、景気浮揚のための容積率緩和の前では鴻毛よりも軽い。昨日まで高さを低く制限されていた地域に、突如として超高層のタワーマンションが建つ。タワーマンションは、将来的に解体が困難だ。膨大な設備の劣化への処方箋はまだ確立されていない。はたして、どのように維持管理していくのだろうか。あと先を考えない刹那的志向が都市計画にも濃い影を落としている。


住宅の持ち方も、ヨーロッパと日本ではやや異なる。スウェーデンや他のEU諸国では「持ち家」が「土地つき」とは限らない。「土地つき戸建て」と「賃貸」の他に組合形式の「居住権つき住宅」がある。組合の運営主体は、民間ディベロッパーや公社などさまざまだが、住民も組合に加入し、「居住権」つまり「住戸の利用権」をまとまった金額で購入する。そして低く設定された管理費込みの「家賃」を払いながら住み続ける。


スウェーデンでは、この居住権が売買の対象となり、中古市場が形成されている。日本のマンションの区分所有権とよく似ているが、土地とは切り離されている。組合の運営主体は開発者だから責務の担い方も明確だ。


居住権つき住宅でも、メンテナンスをして質を高く保っていれば、居住権価格が上がる。新築よりも高価な中古住宅は多い。価格は、需給のバランス、金利、インフレ率などとの兼ね合いが変動するが、年数を経て、手入れが行き届き、環境が整備された家ほど高く売れるという。日本とは異質な「資産価値」で住宅市場が動いていた。


ヨーロッパには、住居への根本哲学を表した言葉がある。


「初代が家を建て、二代目が家具をそろえ、三代目が食器を整える」


この伝統的な住居観は現代にも生きている。


さて、少子高齢化が進む、わが日本。人口減少社会で住宅は余っている。やみくもなスクラップ&ビルドではなく、住宅を3世代、100年継承できる方向へ、都市計画も変革しなければいけない時代がきたようだ。



 * * *


やまおかじゅんいちろう 1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「公と私」を共通テーマに政治・経済、医療、近現代史、建築など分野をこえて執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。一般社団法人デモクラシータイムス同人。



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山岡淳一郎生きのびるマンション─〈二つの老い〉をこえて』岩波新書

本体価格780円+税、240頁

建物の欠陥、修繕積立金をめぐるトラブル、維持管理ノウハウのないタワマン……。さまざまな課題がとりまくなか、住民の高齢化と建物の老朽化という「二つの老い」がマンションを直撃している。廃墟化したマンションが出現する一方、住民たちの努力でコミュニティを作り、資産価値を高めた例も。何が明暗を分けたのか。豊富な取材例から考える。


B面の岩波新書

2018年1月19日 配信開始

発行人 永沼浩一

発行元 岩波新書編集部

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