• 岩波新書編集部

ウクライナ侵略のゆくえを考える(大木毅)



キーウ、1942年(public domain)


ロシアのウクライナ侵略がはじまってから3か月余を経た。この間、今回の戦争とかつての独ソ戦に類似性を見て取ったためか、拙著『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)をお読みくださった方も少なくないと聞く。また、筆者はさきに、2月の開戦から3月末までの展開について、用兵思想と戦史・軍事史から観察・分析した論考「軍事的合理性と政治的超越」を発表した(「世界」臨時増刊『ウクライナ侵略戦争』所収)。日本ではあまり見かけない視角であったためか、過分の評価をいただいたようだ。そこで、今回寄稿の機会を得たのを幸い、同様の視角から、4月以降のウクライナ侵略の経緯を分析し、今後起こり得ることについて――それは憂鬱な予測にならざるを得ないのであるが――検討を試みることにしたい。



ロシア軍攻勢規模の縮小

不可解なことに、ロシア軍は開戦当初、重点形成を行わないまま、多正面からの平押しに終始した。その理由はなお判然としないが、プーチンの政治的目標設定が優先され、軍事的な諸問題の検討がなおざりにされたこと(「プラハの春」やハンガリー動乱へのソ連軍介入のように、強大な軍事力を誇示すれば、ほぼ無血でウクライナ全土を制圧できると考えていたらしい)、ロシア軍下級指揮官の質が機動的な包囲撃滅戦を遂行できるレベルに達していなかったことが指摘されている。


いずれにせよ、首都キーウや重要な都市ハルキウ、東部ウクライナでのロシア軍攻勢は頓挫し、機動戦(mobile warfare)を阻害する泥濘期の到来もあって、戦況はスタティックな消耗戦(attrition warfare. 敵の人員を殺傷し、装備や物資を破壊することによって、物理的に戦力を削ぐ)の様相を呈した。このあたりで、ウクライナ侵略は独ソ戦に酷似しているといわれだしたが、現象的にはむしろ第一次世界大戦前半、ドイツ軍が機動戦による連合軍の撃破に失敗し、長大な塹壕陣地を築いてのにらみ合いになった時期のそれに近かった。舗装道路以外では、装軌車輌でさえも進退困難な泥濘期の戦闘になったのであるから、それも当然だろう。


この時点で、ロシア軍はキーウ奪取をあきらめ、同正面から引き抜いた戦力(主として機甲部隊)を増強再編成し、東部ウクライナでの攻勢に投入したことは、すでに報じられている通りだ。その攻撃部隊の配置をみれば、ロシア軍が戦争の帰趨を決するような戦略攻勢をあきらめたことは明白であった。というのは、それらの機甲部隊が置かれたのは、ウクライナ軍の南翼を遮断・包囲し得るような攻勢を発起する際に適当な場所ではなく、北ドニェツ川流域だからである。地図をみれば一目瞭然で、ここにロシア機甲部隊がいるのであれば、ドンバス地域に形成されたウクライナ軍突出部への攻撃を企図しているのはあきらかである。


しかし、実際に発動された攻勢は、突出部の根元に戦力を集中して切除するという定石を踏まず、全体に漫然と圧力をかけるかたちになり、はかばかしい戦果を上げられなかった。その結果、攻撃正面はさらに限定され、作戦方針も、セヴェロドネツィクをはじめとする重要都市の占領と可能なかぎり多くのウクライナ軍部隊撃破に変更されたものと思われる。


言い換えるならば、ロシア軍の攻勢は、戦争の勝敗を決めるような戦略攻勢から、より目標設定の低い作戦次元の攻勢、場合によっては、単に態勢を有利にし、眼の前の敵を撃破することだけを狙う戦術的攻勢へと縮小されてきたのである。



図版出典 https://www.criticalthreats.org/analysis/ukraine-conflict-updates



セヴェロドネツィク攻防の意味

現在――本稿を執筆している5月末の時点で、ロシア軍がセヴェロドネツィク攻略にかかり、ウクライナ軍の有力部隊を包囲しつつあると報じられている。では、このドンバス地域、とりわけセヴェロドネツィクをめぐる戦いは、戦争全体の帰趨を定める「決戦」になるのか。


筆者は、そうは思わない。まず軍事的に考えれば、ウクライナ側には、大きな犠牲を払ってまでセヴェロドネツィクを死守しなければならぬ理由はない。開戦当初であれば、街一つ、村落一つであろうとも、ロシア軍に占領されることは、ウクライナは抵抗を継続できないという不利な評価をみちびくことになり、諸外国の支援を得られなくなってしまったであろう。だが、今となっては、ウクライナが継戦能力を有していること、区々たる戦況に一喜一憂せずに彼らを支援することの重要性は疑うべくもなくなっている。むろん、セヴェロドネツィク失陥の政治的影響は無視できないが、ウクライナには、敢えて同市を放棄しても致命傷にならないだけの戦略的余裕があると、筆者は考える。


むしろ問題なのは、セヴェロドネツィクの攻防で、ウクライナ軍がどれだけの損害を被るかのほうであろう。


現在、NATO諸国からの兵器供給により、ウクライナは機甲部隊などを新編しつつある。しかも、泥濘期は終わり、大地は乾いて、ウクライナの平原は機動戦にうってつけの舞台となった。流動的な戦線で敵味方の機甲部隊が相手の弱点を突こうと、縦横無尽に機動する。そうした独ソ戦といわれて想像するような戦闘は、おそらくはこれからはじまる。


このような戦闘にあっては、都市などの拠点を守ることよりも、機動性のある戦力を保持していることが重要だ。独ソ戦でウクライナ方面のドイツ軍の指揮を執っていたエーリヒ・フォン・マンシュタイン元帥のいうごとく、「一個軍を失うよりは、一都市を放棄したほうがまし」なのであって、首都キーウや経済的に重要なハルキウ、交通の結節点であるマリウポリのようなところでなければ、ひとまず後退して、野戦で優勢を得たのちに奪回するほうが理にかなっているのである。


したがって、セヴェロドネツィクの戦闘で重要なポイントは、そこに投入されたウクライナ軍部隊が包囲撃滅されることなく、撤退できるか否かということだろう。ここまでのところ、セヴェロドネツィクの「ポケット」(囲まれてはいるが、全周包囲には至っていない状態)は閉じていない。ウクライナ政府が同市の政治的重要性を過大評価して守備命令を出したりしないかぎりは、致命的な打撃を受けずに済むのではないか。


だが、従来、柔軟な駆け引きをみせてきたウクライナ軍が、なぜドンバス地域の攻防では、有力な部隊を投入し、ロシア軍攻勢を正面から受け止めたのか。筆者は、そこにはロシア軍の主力を誘引・拘束する意図があったのではないかと疑っている。



ウクライナ軍の意図


用兵思想の概念に「外線作戦」と「内線作戦」というものがある。前者は、策源、つまり敵軍の主たる根拠地に対して四方から求心的に攻撃していくこと、ごくおおまかにいえば、分散して進み、合流して撃つ「分進合撃」により、能率的に軍を進め、戦争を有利に進める策のことだ。これに対して、「内線作戦」は、軍の集結地(多くの場合、それは策源となる)から遠心的に行動し、外線作戦により分進する敵を叩くことを狙う。歴史的な例を挙げれば、七年戦争(一七五六~六三年)で、ヨーロッパの中央部に位置するプロイセンは、東のロシア、南のオーストリア、西のフランスの連合軍(当然、地理的に外線作戦を取った)に対して、内線作戦を駆使し、戦争目的を達成した。


今回の侵略戦争もまた、キーウ、ハルキウ、ドンバス地域、クリミア半島といった複数の正面から外線作戦を行ったロシアと内線作戦のウクライナという構図になっている。そう考えると、ウクライナ軍にとって喫緊の課題は、外線作戦によるロシア軍の「合撃」を封じることである。現状で、そのために必要なのは、ロシア本土とクリミア半島をつなぐ回廊地帯の遮断だ。こうした作戦の前提として、最初の攻撃対象となるヘルソン(Kherson)正面のロシア軍は手薄になっていることが望ましい。


この前提を満たすために、ウクライナ軍はセヴェロドネツィクで大戦闘を「作為」(軍事用語では、ある状況を意図的につくりだすという意味がある)し、ロシア軍主力を引きつけたのではなかろうか。


なお、ここまでの戦況をみると、ロシア軍は地理的な条件により、おのずから外線作戦を取ることになったと考えられるが、到底その有利を生かしてきたとはいえない。これは、今のところ、プーチンがきわめて楽観的な情勢判断のもと、軍事的合理性よりも政治的要求を優先したことが主たる原因になっていると思われる。こうした軍事に対する政治の超越、あるいは干渉は、独ソ戦でもしばしば観察されたところだ。


開戦以来、一般に戦理にかなった行動をつづけてきたウクライナ軍ではあるけれども、そのような陥穽におちいることが絶対にないとは言い切れない。その場合、ドンバス地域の被占領地の奪還など、政治的な動機から、軍事的には優先性の低い作戦を実行する可能性もあることを付言しておく。



戦争は長期化する


とはいえ、もし筆者の推測が当たっているとするなら、またNATO諸国が供給した兵器の戦力化が充分に進んでいるとするなら、すでにヘルソン方面ではじまったと伝えられるウクライナ軍の反攻は、大きな成果を上げる可能性があろう。


しかし、逆説的なことだが、そうしてウクライナ軍が勝利するほどに、戦争の終結は遠のく。いうまでもなく、プーチンが、負けている状態で停戦に応じる可能性は絶無に近いと思われるからである。いかに戦場で敗北しようとも、ロシアは戦争継続をあきらめたりはしまい。


ただし、ロシアが総動員をかけ、短期間にウクライナを圧倒し得るような軍事力を用意するといった事態は考えにくい。第一次世界大戦でツァーリの帝国が、そして第二次世界大戦でソ連が実行したような総力戦が、プーチンのロシアに可能であるとは思えないからだ。総力戦とは、体制にとっての「負荷試験」であるとは、よくいわれるところである。まがりなりにも、ソ連崩壊以後の民主化を経た現在のロシアに、かつてのような苛酷な「負荷試験」を課すことは困難であろう。おそらく、国民の反応をうかがいつつ、戦争継続に必要な範囲で動員をかけることになるはずだ。


その際、ロシアは、生活水準を維持することで国民の歓心を買いつつ、戦争を遂行するという矛盾した課題に直面する。かかる問題を克服するために、よりいっそうの収奪がなされる危険がある。すでに大量の穀物や金属が占領地からロシアに移送されていると伝えられるが、そうしたウクライナの犠牲によって、ロシア国民の生活を支えるのだ。かつてナチス・ドイツが、ソ連の人的・物的資源の徹底的な収奪によって、国民の生活水準維持と戦争継続を両立させたように、である。


かくて、戦争は惨酷さを増しつつ、長期化するのではないだろうか。ロシアか、ウクライナか、いずれかが戦争継続の負担に耐えられなくなるまで、終わらせることはできないのではないか。


筆者はそう推測し――それが杞憂に終わることをひたすらに祈る。



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おおきたけし 1961年生まれ。立教大学大学院博士後期課程単取得退学。専門はドイツ現代史、ドイツ軍事史、国際政治史。千葉大学ほかの非常勤講師、防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校講師などを経て、現在、著述業。著書:『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書、新書大賞2020受賞作)、『指揮官たちの第二次大戦──素顔の将帥列伝』(新潮選書)、『「太平洋の巨鷲」山本五十六』『「砂漠の狐」ロンメル』『戦車将軍グデーリアン』(いずれも角川新書)、『ドイツ軍攻防史』『灰緑色の戦史──ドイツ国防軍の興亡』『ドイツ軍事史──その虚像と実像』(いずれも作品社)など多数。



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