top of page
  • 執筆者の写真岩波新書編集部

山本芳久さん『トマス・アクィナス 理性と神秘』

更新日:2018年1月17日

『トマス・アクィナス 理性と神秘』が好評の山本芳久さんに、インタビューを行いました。




――山本さんがトマス・アクィナスに興味をもったきっかけは?


カトリック系の中学・高校の出身だったので、もともとキリスト教に関心がありました。高校時代には哲学の本も読むようになりました。大学では、哲学的なこととキリスト教的なもの、その両方を勉強したいと考えていました。そんなときに接点として浮かび上がったのが、哲学者でもあり、キリスト教神学者でもあるトマス・アクィナスでした。


――その頃には『神学大全』をはじめ、トマス・アクィナスの翻訳は出ていましたか?


創文社の『神学大全』(全45巻)は、まだ四割くらいしか出ていませんでした。ただ当時は書店に行くと『世界の名著』(中央公論社)が並んでいました。その中に、山田晶先生が訳した『神学大全』の巻がありました。非常に丁寧な注がついていて、トマス入門にもなるし、西洋哲学の基本概念を学ぶ一冊としても最適で、今でも多くの人にお勧めしています。(現在では「中公クラシックス」から二巻本で刊行)。


――恥ずかしながら私には、トマス・アクィナスというと、どうしても小難しくてカタいイメージがあったのですが……。山本さんにとってはそうではなかった?


実は先ほどの言葉と矛盾するようなのですが、大学時代に書店で並んでいる『世界の名著』のほぼ全てを手に取ってみたとはいえ、その中には「これだけは読まないな」と思ったものも少しだけありました。その一つが『神学大全』だったのです(笑)。なんだか無味乾燥で、取っつきにくい感じがしたのでしょう。


ただ、自分の関心がどこにあるのかある程度理解できてから読んでみたところ、最初に思っていたイメージとは違って、むしろ哲学の本としてはずいぶん読みやすく、自分が知りたいことにすっと入っていきやすい本だなと思いました。慣れると、「事柄そのものが語る」と評される飾らない文体の魅力もよく分かるようになってきました。その印象は実は今でも変わっていません。


カルチャーセンターなどで一般向けに教えることもあるのですが、『神学大全』について丁寧に説明すると、私の説明が「分かった」というだけではなく、それぞれの人が自分なりの仕方でテクストを読めるようになっているという印象があります。


――山本さんにとって、トマス・アクィナスの魅力はどこにあるのでしょう。


学生時代にある神父さんから聞いた話があります。教会学校で子どもたちに試験をしたら、子どもが質問してきたそうです。「この答案には、本当のことを書くんですか、それとも教わったことを書くんですか」と。宗教には、何か本当のことを見ないで幻想を抱かせるもの、都合の悪いことを覆い隠して都合のよいものだけを見させるようなもの、というイメージが一般にあるように思います。


しかしトマスの場合は決してそうではない。トマスには、この世界全体のことを理性的に徹底的に認識し真理を探究しようという姿勢と、理性ですぐに分かることを超えたものに触れようとする姿勢という、一見相反する態度が共存しています。そして、それが最終的に彼のなかで妥協なしに統合されていくのです。そこがトマスの面白いところで、魅力だと思います。


――この本のタイトル「理性と神秘」と関わる話ですね。


はい。そのとおりです。さらに言うと、トマスの考え方には、自分と違う考えを一概に否定するのではなく、相異なるものの中から良い点を見つけ、その共通の基盤を見つけようとする特徴があります。これは、キリスト教への関心の有無をこえて、トマスから学べることのように思います。


またトマスは何かを論じるとき、自分の考えだけを述べるのではなく、聖書やアウグスティヌスやアリストテレスなどのテクストを豊富に引用しながら、自分の考えを展開しています。トマスを通して彼以前の知へ、おのずと目がひらかれていくようです。トマスを読むことで、彼に影響を与えた多くの思想家へと目を向けていく出発点にもなるはずです。そこも、トマスの面白い点ではないかと思います。


――この新書も、新たな読書へとつながっていくかもしれません。そんなときにお勧めしたい本はどんなものでしょう。


一つは、この本と同時に復刊された稲垣良典先生の『現代カトリシズムの思想』です。プロテスタンティズムについては良書が多数あるのですが、この本は、中世スコラ学以来の伝統を踏まえたうえで現代のカトリシズムの可能性について論じた、日本語で読める数少ない書物の一つです。稲垣さんは『神学大全』の翻訳者でもあります。



もう一つは、先に名前をあげた山田晶先生の『アウグスティヌス講話』(講談社学術文庫)でしょうか。講話とあるように教会での講演内容をまとめた内容で、アウグスティヌスにまったく触れたことのない人でも理解できる易しい言葉で、かなり深いところまで連れて行ってくれる内容です。


『トマス・アクィナス 理性と神秘』は、単にトマスに対する解説書ではなく、キリスト教神学そのものに対する入門書としても読めるように書きました。キリスト教については、専門的な研究書は多いのですが、質の高い本格的な入門書はとても少ないというのが現状です。『トマス・アクィナス 理性と神秘』を入り口にしながら、本書に登場するアウグスティヌスやパウロや聖書などを取り扱った他の書籍へと手を伸ばしていっていただけると嬉しいなと思っています。


――ありがとうございます。では、山本さんの今後の研究関心を教えてください。


私の研究の軸の一つはトマス・アクィナスで、もう一つが三大一神教(イスラム教、ユダヤ教、キリスト教)の比較研究です。中世という時代にそれぞれの宗教は、アリストテレスを使って一神教的な神学を作り上げようとしました。そのため、三つの宗教はアリストテレスという共通の思想的な基盤を持っています。それぞれの宗教の聖典(旧約聖書、新約聖書、クルアーン)に共通性があるのみではなく、理性的な哲学という共通の基盤も中世にはあったのです。三大一神教における中世の神学を比較思想的に研究することによって、三つの宗教の共通性と相違の双方が非常に明確に浮かび上がってくるので、とても魅力的な研究課題だと思っています。


三大一神教というと、現代においては確執にスポットがあたりがちですが、中世の思想的な営みの中に対話の可能性が見出せるのではないか、そう考えています。中世の神学や哲学というものは、一見すると世間離れしたような印象を与えるテーマですが、現代の喧騒から一度離れて中世の知的世界に没入することによってこそ、現代にもインパクトのあるメッセージが見出せるのではないかと考えています。


◆山本芳久さんのTwitterはこちらです

https://twitter.com/201yos1


※この記事は、2017年12月27日に岩波新書Facebookに掲載された内容を転載したものです。

最新記事

すべて表示
bottom of page