• 岩波新書編集部

武井弘一さん『茶と琉球人』インタビュー

最終更新: 2018年3月5日

茶と琉球人』を刊行した武井弘一さんに話をうかがいました。


  * * *

――無事、刊行までたどり着いて、今の心境はいかがですか?


なんとか、ほぼ間にあわせることができたというのが、正直な感想です。


本書の「はじめに」と「おわりに」には、戦時中に沖縄から熊本県球磨地方へ疎開した人たちのエピソードがあります。聞き取り調査でお世話になったみなさんに、本書をいち早くお届けしたいと思っていました。


写真は、熊本県立多良木高等学校で本書を贈呈した時の一枚で、大変喜んでくださいました。しかし、なかには、すでにお亡くなりになった方もいます。それが残念です……。


本書の取材でお世話になった方々と共に。むかって左端が著者(熊本県立多良木高等学校にて,2018年1月)


――「茶」と「琉球人」とは、意外な組み合わせと思う方が多いのではないかと思います。しかも、本書で取り上げられているのは、沖縄でよく目にする「サンピン茶」ではなく、球磨地方で作られてきた「球磨茶」です。改めて、なぜこのお茶だったのですか?


もともとは高等学校の教員だったのですが、2008年10月から琉球大学へ異動することになりました。沖縄に来てすぐに、近世琉球では「球磨茶」が愛飲されており、その球磨茶が故郷の球磨地方のお茶だと知った時には驚きました。


茶というのは嗜好品です。しかも、球磨茶を大量に輸入して飲んでいたことがわかると、薩摩の支配に琉球人が一方的に苦しめられていたという、ステレオタイプの見方が誤りであることに気づきました。



国宝の青井阿蘇神社(熊本県人吉市)。球磨地方には、古い神社仏閣が点在している。



――本書では、従来から根強くある「貿易立国沖縄」というイメージから離れて、「農業型社会・沖縄」の姿を描いていらっしゃいます。先生ご自身がそれを意識するようになられたきっかけは何かあるのでしょうか。


私の専門は、日本近世史(江戸時代)です。江戸時代の日本といえば、見渡すかぎり水田の広がった農業型社会です。近世琉球を農業という視点からみると、いったいどんな評価ができるのか。住んでいる浦添をフィールドとしながら、考えてみることにしました。


浦添城跡のまわりをウォーキングし、地元でもよく飲んでいます。かつての原風景をイメージしながら歩き、泡盛を飲みつつ、いろいろな方からお話を伺いました。これもまた、本書のアイデアづくりにおおいに役立ちました。


――本書の最後に、「なぜ沖縄で琉球史ではなく日本近世史を研究するのか」と書いていらっしゃいます。沖縄で日本史を研究することの重みについて、もう少し詳しくうかがえないでしょうか。


沖縄には琉球史という独自の学問分野があるので、寂しいけれども、日本近世史は、いわば外国史のようなものです。


あるゼミ生が、「大学では、日本近世史ではなく、琉球史を研究している」と家族に打ちあけたそうです。理由は、沖縄戦を経験した祖母には、日本史のことを研究していることは絶対に言えないと感じたからだとか。この話を聞いたあと、沖縄で日本史を研究することの重みについて、ゼミ生とともに真剣に考えるようにしています。


――先生は、本書ご執筆の前に、「地理歴史人類学研究報告 沖縄県離島の高等学校における日本史学習プログラム」(全3巻)を編纂されています。このお仕事は、本書のご執筆にも影響されたのではないでしょうか。


沖縄では日本史が外国史のようなものとはいっても、学校で生徒は日本史を学ばなければなりません。日本史を少しでも好きになってもらえるよう、これまでのべ30以上の中学校・高等学校で、1000人以上の生徒に出前授業をおこなってきました。


さらに、離島に高校のある久米島・宮古・八重山については、ゼミ生たちと一緒に歴史教材を作成して、全県の高校に配布いたしました。本書で、これらの島々の歴史が描かれているのは、まさにこの仕事のおかげです。



ゼミ生と一緒に、離島をめぐっての出前授業(日本最西端の与那国島の中学校にて,2014年2月)



――最後に、読者の方にメッセージをお願いします。


岩波新書といえば、高等学校の図書館にも並んでいます。そこで高校生も読んでくれそうな文章表現を心がけました。それには、理由があります。沖縄県の高校では、じつは琉球史をあまり学べません。大学生も、琉球史の知識はそう豊富ではないでしょう。


いずれ沖縄で琉球史が身近でなくなってしまうのではないかと危惧してもいます。ですから、ぜひ県内の高校生や大学生には読んでほしいですし、沖縄を旅行などで訪問するみなさんにも一読をおススメします!!


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(後日談)


「はじめに」と「おわりに」には、アジア・太平洋戦争中に球磨地方に疎開していた古堅ユキさんの話が登場します。本書が刊行された直後に、なんと偶然にも、彼女の娘さんが疎開先の寿泉寺を訪れ、本書のことを知って感動されたそうです。これから沖縄で、娘さんからも話を聞き、ユキさんに関する資料を見せていただく予定です。


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(さらなる後日談)

先日、古堅ユキさんの娘さんのご夫婦から、彼女に関する資料をお借りしました。写真だけではなく、疎開中に書き綴った日記、夫から送られてきた手紙やハガキなどがあります。これらは、疎開の実態を知ることのできる貴重な資料といえるでしょう。どんな内容なのか、これから解読を進めていきます!


B面の岩波新書

2018年1月19日 配信開始

発行人 永沼浩一

発行元 岩波新書編集部

〒101-8002 東京都千代田区一ツ橋2-5-5

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