• 岩波新書編集部

連載 私のコロナ史 第8回 コロナ禍の中の外国人社会

飯島渉




COVID-19とロシアのウクライナ侵攻

2022年2月24日(現地時間)、ロシア軍がウクライナに侵攻すると、世界の関心はCOVID-19のパンデミックからウクライナとロシアの戦争に移りました。確かに2022年になってCOVID-19をめぐる状況は大きく変化しました。オミクロン株が瞬く間に世界に広がると、多くの国が感染対策を目的とした規制の緩和に舵を切ったのです。印象的なのはスウェーデンの対応でした。外務省の安全情報によると、4月1日から、スウェーデンにおいては、新型コロナウイルスは公衆衛生に対する脅威及び社会に対する危険とは分類されなくなります。パンデミックはまだ収束していないものの、高いワクチン接種率の実現と現在主流であるオミクロン株が重症化リスクを引き下げたことにより、新たな段階に移行したものと判断されました」と、事実上の「収束」が宣言されたことを伝えています(外務省海外安全HP「スウェーデンの水際対策措置の解除)。世界は本格的にポスト・コロナ社会を模索しはじめました。


この文章を書いている2022年5月初め、政府は感染対策の必要性を言うものの、日本でも行動を規制するための宣言などは出されていません。COVID-19は日常的なものとなり、重症化して亡くなる方がいるものの、それに慣れてしまっています。ポスト・コロナ社会はウィズ・コロナだということを人々は実感し、そのリスクを自ら判断し、マスクをしながらいろいろな活動を再開しています。


1年前の2021年5月はじめが、いったいどんな状況だったのかを思い出すことも難しくなっています。昨年のゴールデンウィークの前後には、兵庫、大阪、京都、東京に緊急事態宣言が発令されていました。5月後半になると、その範囲は北海道、愛知、岡山、広島、福岡、沖縄に拡大されました。今回は、2021年前半の状況を書いてみます。特に、日本における外国人社会の状況をまとめてみることを課題としています。



2度目の緊急事態宣言、そして「まん延防止等重点措置」

2021年1月8日から、東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県を対象とする緊急事態宣言が発令されました。期間は2月7日までの1カ月間です。それにもとづき、飲食店を対象として午後8時までの営業時間の短縮、酒類の提供を午前11時から午後7時までとすることが要請されました。従わない場合には店名を公表できるとし、同時に要請に従った飲食店に支払う協力金の上限が1日当たり6万円に拡充されました。出勤者の削減を目指すテレワークの推進などが企業に要請されました。他方、大学入学共通テストや高校入試などは予定通り実施することとされました(『毎日新聞』2021年1月8日、朝刊、1面「4都県に緊急事態宣言」)。1月14日には、緊急事態宣言の対象に大阪、京都、兵庫、愛知、岐阜、栃木、福岡の7府県が追加されました(『毎日新聞』2021年1月14日、朝刊、1面「緊急事態7府県追加」)。


2021年初め、新型インフルエンザ等対策特別措置法(改正特措法)と感染症法の改正法が参議院を通過し成立しました(2月3日)。改正特措法の要点は、要請・指示にとどまっていた営業時間の短縮などの命令を可能にし、従わない事業者への過料を定めたことです。改正感染症法では、入院措置を拒否したり、保健所の調査を拒否した人への過料を定めました(『毎日新聞』2021年2月4日、朝刊、1面「改正コロナ特措法成立」)。この時、旧自治省の官僚から鳥取県知事、その後、総務相をつとめ、現在は早稲田大学教授の片山善博は、2020年に政府がとった対策の検証が行われていないと指摘したうえで、2020年後半の緊急事態宣言抜きでの自粛要請の頻発がじつは法律にもとづく施策ではなかったことに政府が気付き、これをこっそり追認しようとしていると厳しく批判しました(『毎日新聞』2021年1月20日、朝刊、11面「論点新型コロナ 緊急事態宣言再び」)。法改正の眼目の一つは、緊急事態宣言が解除されても感染状況を示す数値が高く、再拡大の恐れがある場合には「まん延防止等重点措置(まん防)」を実施するとしたことでした(『毎日新聞』2021年2月4日、朝刊、1面「改正コロナ特措法成立」)。以後、2021年には緊急事態宣言と「まん防」が人口の多い都県を中心に頻発されます。



ワクチンとCOCOAをめぐって

2021年2月、まず医療従事者を対象として、ようやくワクチンの接種が開始されました(『毎日新聞』2021年2月17日、夕刊、1面「ワクチン接種開始」)。ワクチンをめぐっては本当にいろいろなことがあり、打つ側、打たれる側すべての人々がたいへん苦労しました。ちなみに、私が住んでいる横浜市の広報にワクチン接種の案内が載ったのは、私の知る限り2021年3月号で、その内容は、3月下旬から80歳以上への接種券の発送を行い、4月中旬までに65歳以上への発送を行う予定という案内でした。61歳の私に接種券が届いたのは6月で、その後、8月に入って大学に開設された大規模接種会場でワクチンの接種を受けました。ワクチンをめぐるごたごたについては次回以降にまとめて書くつもりです。


COVID-19対策の迷走を象徴していたのが、厚生労働省が2020年6月から運用を開始した接触確認アプリCOCOA(COVID-19 Contact Confirming Application)の運用ミスで、特にアンドロイド版で感染者との接触があっても通知されない状態が4カ月も続いていたことでした。半年たった2021年2月の段階でもダウンロード数は約2500万件で、総人口の約2割にとどまっていました(『毎日新聞』2021年2月13日、朝刊、6面「ココア運用 怒りと失望」)。この文章を書くため厚生労働省のHPを確認してみると、COCOA自体の運用は継続されています。しかし、2022年3月末でもダウンロード数は約3500万件にとどまっています。2021年末の陽性登録件数が4万件程度だったものが、2022年4月末に約90万件(累積)となっているのは、オミクロン株の拡大によって感染者が急増したことを反映していると見ることができます(厚生労働省HP「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」)。


厚生労働省の失点はまだあります。老人保健課の職員23人が、2021年3月24日に東京・銀座の居酒屋で深夜まで送別会を開いていたことが明らかになりました。主催した課長が減給および更迭となり、参加者は処分されました。この時期、緊急事態宣言はいったん解除されていましたが、飲食店への営業時間の短縮要請は継続されていました。送別会の担当者は、その中で午後11時まで営業していることを確認して居酒屋を予約していました(『毎日新聞』2021年3月31日、朝刊、28面「厚労省宴会参加者20人処分」)。


「まん延防止等重点措置」、いわゆる「まん防」は、緊急事態宣言を出していない時にも飲食店の営業時間の短縮などを命令できるようにしたものです。3月になって緊急事態宣言が解除される中で、感染が拡大した宮城、埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫、愛媛、岡山を対象として発令されました。しかし、事態は好転せず、4月末から5月にかけて、北海道、東京、愛知、兵庫、大阪、京都、広島、岡山、福岡を対象として3回目の緊急事態宣言が発令されました。私は横浜市民なので、4月後半から「まん防」、8月初めに緊急事態宣言が発出される中での生活でした。


深刻な状況になったのは大阪でした。5月1日に重症患者数が病床数を上回り、患者の搬送先が見つからない医療崩壊となったのです。大阪では2回目の緊急事態宣言が解除されると医療体制が縮小され、重症病床を減らしました。状況が変化して感染拡大が明らかになると、病院に病床確保を要請しましたが、一般医療の病床をコロナ用にもどすのは容易ではありませんでした。感染拡大のスピードや量もけた違いで、コロナ対応の拠点病院でも人工呼吸器を使うことができない重症患者が出て、治療のための優先順位を選択するトリアージが現実のものとなってしまいました(『毎日新聞』2021年5月2日、朝刊、23面「「医療崩壊」大阪の誤算」)。


1年前の状況を思い出しながら、「まん防」や緊急事態宣言の状況を思い出してみると、危機対応の宣言がずっと出されていた地域とそうではない地域がかなりはっきり分かれていたことに気付きます。人口が集中する都市部とそうではない地域との差がはっきりと出て、都市部が他の地域に負荷をかけていました。リモートワークなどの個々人の生活スタイルだけではなく、COVID-19のパンデミックは、日本列島における人口配置とか、土地の活用のあり方を考え直すきっかけを提供しているのだと感じます。



付表 緊急事態宣言と「まん防」の発出期間


付表 緊急事態宣言と「まん防」の発出期間
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世界に目を向けると、2021年3月には、イタリア、ドイツ、フランスは変異株の猛威によって「第3波」に直面していました。イタリア政府は、3月中旬ほぼ全域でのロックダウンを行いました。他方、英国ではワクチン接種が進み(3月中旬までに人口の35%が1回目の接種を済ませていました)、感染の増加が抑制され、部分的に学校の再開などを行いました(『毎日新聞』2021年3月18日、朝刊、8面「伊独仏「第3波」猛威」)。インドでも感染拡大がめだっていました。4月末には1日当たりの新規感染者が30万人をこえ、医療用酸素が不足し、病床不足によって医療崩壊が現実となりました。ウイルスの変異によって感染力が強くなったこと、3月中旬のヒンドゥ教の大祭のために人が集まる機会が増えたことなどがその理由とされ、ニューデリーなどでは外出禁止令が出される事態になりました(『毎日新聞』2021年4月26日、朝刊、7面「インド医療崩壊危機」)。



2021年前半の私の暮らし

手帳を見直してみます。1月10日、友人の医師とリモートで面談。これは、COVID-19への私の理解を聞いてもらい、誤りを指摘してもらうためです。1月22日、JAGNTDs(Japan Alliance on Neglected Tropical Diseases)のセミナーで講演し、翌日にも社会保障関係の研究会で中国の対策について報告しました。前者は、NTDs(Neglected Tropical Diseases)=「顧みられない熱帯病」をめぐる研究会です。感染症はCOVID-19だけではありません。さまざまな感染症が依然として多くの人々の健康障害となっているのが世界の現実です。三大感染症のHIV / AIDS、結核、マラリアは人々の関心も高く、グローバルファンドや各国政府が対策のために莫大な資金を提供しています。しかし、リンパ系フィラリア症や住血吸虫症などのNTDsへの関心が高いとは言えません。NTDsの多くはかつて日本でも流行し、20世紀後半に制圧され、その経験が国際保健の中で活用されてきました。その歴史をもっと知ってもらおうという企画です。私は、NTDsの一つである日本住血吸虫症の歴史を喋りました。その内容は、Webinarで見ることができます(Japan Alliance on Neglected Tropical Diseases「顧みられない熱帯病対策:世界の潮流と日本の経験」)。COVID-19のパンデミックの中で、感染症への関心はかつてないほど高まっています。しかし、三大感染症やNTDsなどへの対策が停滞していることはあまり知られていません。対策に従事している人々が活動できなくなって、医療や医薬品の提供がとどこおっていることが一つの要因です。

1月23日に一日人間ドックを受診しました。検診の結果や数値が心配ですが、がんへの早期対応ができたことがあり、年1回必ず受診しています。さまざまなコロナ対策が行われていました。検診には対面が必要です。例えば、肺活量の検査は息を大きく吐き出すので問題含みです。そのため、今年2022年1月の検査ではこの検査は中断されていました。


2月初めの卒業論文の口述試験や2月半ばの修士論文の口述試験もリモートでした。3月27日に卒業式がありました。前年度同様に簡略化して、卒業証書を渡し、ちょっとだけ話をして写真を撮っておしまいになりました。この学年は4年生の1年間をコロナ対応の中で過ごし、コロナ禍の中で就職活動を進めた学生たちです。せめてもということで、数日後にリモート飲み会を行って(最近の学生はアルコールをあまり飲みません、楽しみにしていたのは私かも)、就職活動などの話も聞いて録画録音しました。これも、COVID-19の大切な記録です。こうした聴き取りをたくさん残しておきたいと考えています。



コロナ禍の中の外国人社会

いつのころからかコンビニのレジで働く外国人をよく見かけるようになりました。その状況を解説してくれたのが、芹澤健介『コンビニ外国人』(新潮新書、2018年5月)でした。芹澤君は教え子の一人で、戦前の横浜の移民宿について印象的な卒論を書き、物書きになりました。私が横浜国立大学経済学部の教員だった時の学生です。面識はありませんが、ノンフィクションライターの沢木耕太郎も卒業生の一人です。沢木の『深夜特急』を20代の時に愛読し、「外国に行かなければならない」という義務感を持ちました。横国に赴任することになった時にそんな思いがよぎり、最初のゼミ生の一人だった芹澤君の書いた歴史の論文が学部の優秀卒論に選ばれたので、私はここで教えてもいいのだと思いました。


1980年代の後半、大学院生の時には、東京・新宿区にあった老舗の日本語学校で大学(学部)への入学をめざして日本にやってきた若者たち(ほとんどが台湾・韓国・中国から)に世界史を教えていました。当時、大学の文系学部に入学するための試験に日本語などと並んで世界史が義務付けられていました。そのため、日本の高等学校教科書を使って、日本語で「日本から見た世界史」を教えたのです。日本語のグローバル化や日本円の国際化が言われはじめた時代で、第二次世界大戦以前からの歴史を引き継ぐ在日韓国朝鮮人や華僑華人にくわえて、フィリピンからの出稼ぎ、労働力不足を解消するための南米日系人の導入など、日本における外国人問題が新たな展開を見せていたときでした。 


COVID-19の流行の下での日本における外国人社会について書いてみたいと思って調べ始めたところ、問題の難しさや複雑さが改めてわかりました。近年の外国人の雇用状況は、事業主に対して各地のハローワークへの届け出義務があるので、公的統計が整備されています(厚生労働省HP「「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和3年10月末現在)」)。2019年末の日本における在留外国人数は約290万人で、日本の人口が1億人を超える中では数%に過ぎないとはいえ、決して小さなものではありません。COVID-19の流行のもとでも、2021年10月末、外国人を雇用する事業所は約28万5000、外国人労働者数は約170万人でした。国籍別では、ベトナム:約45万人(26.2%)、中国:約40万人(23.0%)、フィリピン:約19万人(11.1%)が上位三か国で、そのうち技能実習が約35万人にのぼります。


いささか驚いたのですが、厚生労働省の報告書を読んでも、COVID-19の流行や渡航制限が在留外国人にどのような影響を及ぼしたのかは一度も出てきません。関連の文献を参照しないといけません。名古屋市港区の名港線の東海通駅ちかくの九番団地は、フィリピン人が集まるキリスト教会やブラジルの食材店、ベトナム・レストランなどが点在する移民エリアの一つです。団地の掲示板は多言語で、ポルトガル語が多く、英語やベトナム語も混じっています。総数1475戸、入居している1000戸の3~4割が外国人で、ブラジル人が多く、中国、フィリピン、ベトナム、ペルーなどいろいろな人が住んでいます。日本人は大半が独居か2人暮らしですが、外国人は4~5人で住んでいる場合が多く、体感としては、日本人と外国人が半々くらいとのこと。NPO「まなびや@KYUBAN」を運営しながら生活相談や子どもの学習支援を行っている川口祐有子によると、2020年4〜5月頃、製造業を中心とする工場での仕事を失う人が相次いだとのことです。しわ寄せはまず外国人からということでしょう(室橋裕和『ルポ コロナ禍の移民たち』明石書店、2021年12月、53~57頁)。



製造業で働く多数の外国人が暮らす愛知県では、外国人の子どもへの学習支援、大人向け日本語教育、多言語での生活相談、就労支援などの活動を行う13団体が、SNSを活用してCOVID-19対策を進める「あいち新型コロナ関連情報共有グループ」を設立し(2020年4月30日)、「NPOおたがいさま会議」(2020年6月18日)もたちあがりました。「NPOおたがいさま会議」の設置を呼びかけたのは、愛知県に拠点をおきながら全国的に災害支援活動を行っている認定NPO法人の「レスキューストックヤード」という団体でした。この団体のHPでは、豊富な経験にもとづくさまざまな情報が提供されています。特定非営利活動法人(認定NPO法人)全国災害ボランティア支援団体ネットワークが作成した「新型コロナウイルスの感染が懸念される状況におけるボランティア・NPO等の災害対応ガイドライン(JVOAD)」という冊子(2020年6月1日発行)やその英訳(Disaster Response Guidelines for volunteers and NPO during the COVID-19 pandemic(Issued Jun1, 2020))も掲載されています。十分な知識がないのですが、たいへん実践的な内容のように見受けられます。


2020年前半、COVID-19のパンデミックの中で、ベトナム政府も海外からの帰国を制限し、3月25日からベトナム航空は全便停止となったため、日本にいたベトナム人が帰国できなくなりました。ベトナム政府が妊婦や病人、小さい子供のある者を優先して帰国させる中で、「NPOおたがいさま会議」は、コロナ禍によって生活に困窮したベトナム人などを受け入れている寺院から聞き取りを行って、支援の課題を明らかにしました(同会議HP「コロナ禍における『外国人支援の現状③』(徳林寺・東海ベトナム人協会)」)。


名古屋市の徳林寺に身を寄せるベトナム人の数は4月下旬からだんだんに増加します。解雇され寮を追い出されたり、留学生でも卒業後に進学も就職もできず、アルバイトもなくなって生活がたちゆかなくなって、髙岡秀暢住職が開設している「駆け込み寺」を頼ったのです。住職は帰国困難者に宿泊と三食を無償で提供しました(中京テレビ、News WEB、https://www.ctv.co.jp/news/articles/b6e9ltcv6dc2cq75.html)。その原点は、住職がネパールに10年ほど滞在していたことで、ベトナム人僧侶の聖縁さん(聖縁は僧名でベトナム南部のニャチャン出身で来日6年目)や、日本に留学し、後に日本人と結婚して定住した在東海ベトナム人協会のユンさんがその活動を支えました(前掲、室橋裕和『ルポ コロナ禍の移民たち』212~232頁)。2020年10月末までに、121人の帰国困難者のうち102人が帰国し、2週間の隔離期間を経て自宅に戻ることができました。徳林寺の檀家も帰国困難者の生活を支えました。希望者に日本語を教えたり、ドライバーとして入国管理局への送迎を担ったのです(土井佳彦「コロナ禍で発揮されたネットワークの力――愛知県内での取組みから」鈴木江理子編著『アンダーコロナの移民たち』明石書店、2021年6月、218~227頁)。これは、COVID-19の流行の下での外国人とそれをめぐる日本の社会の一コマです。ベトナム人への支援を行った「駆け込み寺」には、他に埼玉県本庄市の大恩寺もあります(前掲、室橋裕和『ルポ コロナ禍の移民たち』185~212頁)。自助が困難な中で、共助が重要な役割を担ったことがわかります。



技能実習生をめぐって

国境をこえる移動が困難になる中で、2020年7月末には技能実習生の帰国困難者が約2万人になりました。帰国旅費は技能実習生を受け入れる監理団体の負担ですが、生活費を誰が負担するかが問題でした。兵庫県の自動車部品メーカーで働いていたベトナム人のTさん(32歳)は、仕事を失ってから大阪市のマンションに仲間3人と暮らし、家賃と光熱費は監理団体が負担してくれたものの、生活費は自弁でした(『朝日新聞』2020年8月3日、朝刊、1面「帰れぬ技能実習生2万人」)。


働いていた会社が突然倒産し、行き場のなくなってしまった技能実習生もいます。2019年7月にベトナムから来日したDさん(26歳)は岐阜県の縫製工場で一日8時間、革製の服にハンマーで金具を取り付ける仕事をしていました。社会保険料や家賃を引いた手取りは約8万円で、大手アパレル企業からの受注が減ると会社は自己破産してしまいました。監理団体の研修者用アパートに移ったものの、制度上、同様の職種に限られる実習先(企業)が見つかりません。DさんがSNSでこうした状況を訴えると、日本に住むベトナム人を支援するNPO「日越ともいき支援会」(吉永慈豊代表)が支援してくれ、7月から群馬県の縫製会社に就職しました。週5日勤務で、1日8~10時間、大手メーカーの3次下請けで、車の座席シートなどをつくりました。15人の従業員のうち、8人がベトナム人で、共同で自炊して生活費を切り詰め、手取り16万円のうち12万円を仕送りする生活でした(『朝日新聞』2020年12月29日、朝刊、2面「コロナ禍実習生4700人職失う」)。


日本への渡航が決まっていながら、厳しい入国制限の中で2年近く入国できずにいるベトナム人も約5万人にのぼりました。Bさん(20歳)もその一人で、2020年10月から機械加工工場で技能実習生として働くはずでしたが、入国ができません。送り出し機関に支払う手数料や渡航費用のため50万円を借金しており、その返済に困っています。一方、ベトナム政府の入国管理は2022年1月から大幅に緩和されたため、日本に滞在していた技能実習生がベトナムに帰国する中、新たな人員が入国できず、日本での人手不足が深刻になっています(『朝日新聞』2022年2月13日、朝刊、5面「ベトナム実習生、5万人足止め のしかかる借金 「将来どうなる」 日本のコロナ「鎖国」」)。『コンビニ外国人』の中で、芹澤君はコンビニで働く外国人留学生への依存度は地方の方が大きいとしながら、アルバイトの外国人留学生が現場からいなくなったとき、日本の危機が顕在化すると書いていました(芹澤健介『コンビニ外国人』新潮新書、2018年、157頁)。COVID-19が日本の直面する課題をあぶりだしていると言えるでしょう。


ベトナムに拠点をもち、技能実習制度を支えている方のブログからたくさんのことを知りました。「この制度の裏の裏まで知っております」という言葉に秘められた自信とコロナ禍があぶりだした制度そのものへの憤懣が伝わってくるその内容を十分に紹介できないことが残念です。少しだけ引用します。ベトナム人技能実習生の受け入れに携わってきた早川智の最も言いたいことの一つでしょう。


「何がよくて何がダメなのか、現場の人間はよくわかっている。この制度のダメなところは「実習」という建前で「労働」をさせていること。そもそもここを現状に合わせないと、結局歪みが生じる。会社が必要としているのは労働力であり、技能を教えることではない。労働者の受け入れを行うとすれば、それは結局「移民」に繋がることになるため、政府としては議論したくない。(中略)結局、この繰り返しで、ズルズル問題を先送りにしながら、なし崩し的に実習生を受け入れてきた結果、このコロナ禍で一挙に問題がクローズアップされ、失踪や犯罪などにつながっている。」(「続・奥様はベトナム人」2022年4月8日)


Last hired, first fired(最後に雇用され、最初に解雇される)という言葉は、1929年の世界恐慌の際にアフリカ系アメリカ人の状況を語った言葉とのことです。それは、2020年からの日本で働く外国人にもあてはまるものでした。現在の日本の政策の根本にあるのは、労働力は受け入れるが、定住化して移民の受け入れとなる状況は阻止することです。しかし、実態が先行し、都道府県によっては、高等学校の新卒就職者よりも技能実習生の受け入れ人数の方が多いというところもあるほどです。日本社会が直面している現実をCOVID-19が可視化させたのです。特定非営利活動法人「移住者と連帯する全国ネットワーク」も現実を直視して技能実習制度を廃止すべきだという立場です。


名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した事件が波紋を広げたのも2021年前半のことでした(「【江川紹子の提言】ウィシュマさん死亡、強制送還「違憲」判決…入管行政の改革が必要だ」)。室橋裕和のルポルタージュが印象的なのは、コロナ禍の下での外国人社会の問題を、「弱者としての外国人」というステレオタイプな視点から議論しているわけではないことです。室橋は新大久保に住んでいるとのことで、「この街は、コロナに負けることはなかったのだ。むしろそこに商機を見出し、新しいビジネスにどんどん乗り出す人々が集まる街になっていた」という終わりになっています。2021年2月にエスニック食材の老舗のアンビカショップが開店したのは、巣ごもり需要にこたえてのことでした。そうしたアクティブな外国人社会の現実もコロナ禍の中で明らかになったのです(前掲、室橋裕和『ルポ コロナ禍の移民たち』276~278、285頁)。私が気になっているのは、現在の日本における外国人をめぐる環境が、はたして公正なものなのかということです。公正な競争の中で、日本の社会が外国人社会の活力を生かしていくことが求められていると感じていて、それはポスト・コロナの社会設計のためにはどうしても必要ではないでしょうか。



保健所の「コロナ戦記」

「COVID-19のパンデミックを歴史化する」という大それた仕事をはじめてしまってから日々行っているのは、新聞を複数読んでスクラップすること、外務省安全情報のメールを確認して各国の感染状況や対策の推移をフォローすることです。ネット上の情報はきりがないので毎日というわけにはいきません。文献や雑誌からの情報は、ちょっと古いものにならざるをえないのですが、机の周りに時系列的に並べ、そこから情報を取捨選択しています。もう限界に近く、整理ができなくなっていて、何か策を講じないといけません。写真を撮ってお見せしようかとも思ったのですが、作成過程を見せないのがプロだという言葉に従うことにしました。


COVID-19のパンデミックをめぐる情報を時系列的に並べながら、その内容の確からしさや軽重を判断することは(結局、歴史化とはそうした歩みです)、容易ではありません。2021年半ばまでの状況を理解するのにたいへん役立ったのが、関なおみ『保健所の「コロナ戦記」 TOKYO2020―2021』(光文社新書、2021年12月)でした。関は、医学部の出身で(医師免許を持っている、業界ではこうした方をMDと言います)、東京の特別区の保健所や東京都庁の感染症対策部門の課長として、ずっとCOVID-19と格闘する最前線に位置していました。2020年初めからのCOVID-19対策の内実を保健所から見直したこの記録は貴重です。メモ魔・手紙魔で、日記を書かないと眠れず、読むことより書くことに依存している「活字中毒者」を自称する公衆衛生医師が、未曽有の事態の中で経験したことを、後世に伝えるための記録とのこと。積極的疫学調査という手法によって感染拡大を防ごうとした初期の段階から、感染者の病院への入院実務を含め、COVID-19対策を担った保健所の実務担当者として(つまり、前線指揮官ということでしょう)の苦労と疲労がひしひしと伝わってきます。2021年6月から東京五輪・パラリンピックの時期は、COVID-19の感染が顕在化し、また、緊急事態宣言も含めまさに非常時でした。そして、2021年8月3日、医療体制のひっ迫は避けられないとして、「入院は重症者に限定、自宅療養が原則」となる中で、感染拡大を防止する策についてはなにも言及がなかったことを、「もはや誰も本気で陽性者数を減らそうとしていなかった」と指摘しています。この意味をどのように理解すればよいのか、その答えが出るまでにはもうすこし時間を要するかもしれません(前掲『保健所の「コロナ戦記」 TOKYO2020―2021』274~275頁)。そのためには、保健所も含め、COVID-19への対応の中で蓄積された膨大な資料を整理・保存しておく必要があります。


毎日新聞はCOVID-19の流行がほぼ1年過ぎた2021年のはじめ、公文書の作成・保存に関する情報公開請求を行いました。2020年3月、政府が今回の事態を「歴史的緊急事態」に指定していたこともその背景です。しかし、内閣府が開示した文書によると、発言者や内容を記録した議事録などの作成を義務付けた会議は、政府対策本部などのいくつかの会議にとどまり、対策を実質的に審議していると思われる「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」などでは詳細な議事録の作成を行っていないことが明らかになりました(『毎日新聞』2021年4月4日、朝刊、1面「コロナ議事録4会議のみ」。その後、同紙の「余録」もこの問題に言及しています、2021年5月30日、13面)。専門家会議は、政府と専門家の関係の再編の中で、2020年7月3日に廃止され、新型インフルエンザ等対策閣僚会議に設置された「新型インフルエンザ等対策有識者会議」の下で「新型コロナウイルス感染症対策分科会」となり、同時に、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」の活動が再開しました。こうした政府関係の記録は配布資料なども含め、厚生労働省のHPから公表されています(例えば、2022年4月27日のアドバイザリーボード第82回会議の資料は、https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00348.html)。


政府関係の資料は、地方自治体も含め膨大な量に上ります。同時に、ポスト・コロナが模索される中で、そろそろ「何を、誰が、どう残すのか」という課題を本格的に議論すべき時期になっていると強く感じています。その際には、紹介した政府関係資料の他に、人々が対策にどのように対応したのかという社会的な記録や記憶を、誰がどのように整理、保全するかが喫緊の課題だと言えます。



過去と現在の対話

2020年から21年にはCOVID-19の抑え込みに成功した中国も、2022年になるとオミクロン株の感染拡大が止まらず、上海などの大都市を含め再びロックダウンが実施されました。世界がウィズコロナを選択する中で、中国だけがかたくなにゼロコロナ政策を維持しています。正確な数ははっきりしないのですが、2022年5月はじめ、中国では約3憶人が再び厳格な行動の規制の下に置かれています。そのコストは高く、また、人々の不満が高まっています(「いずこの国も政策転換は難しい 中国「ゼロコロナ」政策から見る世界」朝日新聞デジタル、4月12日)。


この2年半は、「感染症の歴史学」を専門とする私にとって、毎日がフィールドワークのようでした。そんな中ですが、なるべくいろいろな分野の本を読むことを心がけています。印象的だったのが、岸惠子『岸惠子自伝――卵を割らなければ、オムレツは食べられない』(岩波書店、2021年4月)です。私の生活圏にご自宅があるので、何度かお見掛けしたことがあります。同書はコロナ禍のもと、パリ行きを断念したり、お孫さんとも会えない状況の下で書かれました。ご自宅の庭のミモザの花が「コロナ? じぶんの力試しをするときでしょ」と言わんばかりに咲いているという筆致から(同書、332頁)、どれほど人生をポジティブに歩んできたのかを感じました。オムレツを食べるためには確かに卵を割らなければならないのでしょう。もっとも、1945年5月29日の横浜空襲の経験や米軍占領のもとでのDDTの撒布の様子などは「感染症の歴史学」の貴重な材料でもあります。


New York Times電子版に掲載されたCarl Zimmerというサイエンスライターによる、Did the ‘Black Death’ Really Kill Half of Europe? New Research Says No. (黒死病は本当にヨーロッパの人口の半分を死に追いやったのか、最新の研究はそれに否定的である)(https://www.nytimes.com/2022/02/10/science/black-death.html Published Feb.10, 2022, Updated Feb.15, 2022)という記事が印象的でした。もともと、2月16日の国際版に発表されたものを読んでいたのですが、電子版の方を紹介しておきます。


Zimmerは、最新の黒死病研究の文献を紹介しながら、特に、14世紀を含む200年間にわたる花粉の分析から、もしヨーロッパの人口の半分が短期間のうちに失われたとしたら、農耕や牧畜は立ちゆかなくなるはずだが、小麦の花粉の状況などは地域によってまちまちなで、ヨーロッパが一様に黒死病の影響を受けたわけではない、むしろ農業生産が拡大した地域もあったという最新の研究成果を紹介しました。これは黒死病の影響が従来考えられていたほど大きくはなかったことを示唆しています。最近ではDNAの解析を利用した研究が進展し、史料に「黒死病」として現れる病気が腺ペストだったことは、遺骨から収集されたDNAの分析によってほぼ明らかですが、流行のメカニズムは、ペスト菌を媒介するノミやネズミの生態、人口密度や気候変動などの要因も考える必要があって、単純ではありません。Zimmerは、花粉を分析した研究者が指摘する、「単一のメカニズムがどこでも同じように作動するわけではない」という言葉を引用しています。これは、COVID-19のパンデミックにもあてはるもので、Zimmerがこの時期に黒死病の研究を紹介したのもそれが言いたかったからでしょう。


COVID-19のパンデミックもはや2年半になろうとしています。感染の広がり方、対策のあり方や効果も一様ではなく、その実態は複雑です。しかし、COVID-19のパンデミックに慣れてしまい、その理解が単純になっているきらいがあります。次回のきっかけになりました。日本でも、COVID-19への理解を転換する「収束」が近いのかもしれません。そうなれば、いよいよ歴史学の出番です。次回は、2021年の後半、特に、東京五輪やパラリンピック、そしてワクチンをめぐる問題群を予定しています。


(つづく)



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飯島渉(いいじま わたる)

1960年生まれ。青山学院大学文学部教授。「感染症の歴史学」を専門とし、東アジアのペスト史やマラリア史を研究してきた。『感染症の中国史』(中公新書、2009年)、『高まる生活リスク――社会保障と医療』(共著、中国的問題群、岩波書店、2010年)、『感染症と私たちの歴史・これから』(清水書院、2018年)など。長崎大学熱帯医学研究所客員教授、獨協医科大学特任教授、目黒寄生虫館理事。感染症対策の資料を整理・保存する「感染症アーカイブズ」(https://aidh.jp/)の代表もつとめている。


次回は8月頃を予定しています。


第一回:1年を振り返る試み

第二回:2020年1月、武漢「封城」――史上最大のロックダウン

第三回:ダイヤモンド・プリンセス号事件の顛末

第四回:緊急事態宣言下の日本

第五回:ロックダウンと「自粛」のはざまで

第六回:感染症対策は科学的知見とともに、むしろそれ以上に社会や文化によって規定されている

第七回:COVID-19をめぐる「歴史学的ココロ」